世界を“デザイン”として捉えた、柳本浩市の精神を伝える記録集

  • 文:土田貴宏(ライター/デザインジャーナリスト)
Share:

【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『柳本浩市 ARCHIVIST』

01_柳本浩市 ARCHIVIST_0_書影.jpeg
柳本浩市展実行委員会/柳本浩市 著 柳本浩市展実行委員会 ¥4,400
柳本浩市●1969年生まれ。デザインディレクターや収集家として知られ、デザイン界の論客でもあった。本書は2017年の『柳本浩市展「アーキヴィスト─柳本さんが残してくれたもの」』の記録集。会場の模様や展示物を収録。

デザインというものが、多くの人々が手にする雑誌で盛んに特集され始めた2000年前後。当時、編集者たちが次のネタを求めてまず意見を聞きに行ったのが柳本浩市だった。「Pen」も例外でなく、私自身もライターとして彼が監修する記事に何度も携わり、直接取材しては執筆を重ねた。

柳本さんは、ただ話題が豊富というレベルではなかった。膨大な知識に基づいて物事の関係を読み解き、しばしば深い洞察を語った。また第一級のコレクターでもあり、著名デザイナーの希少な逸品からスーパーマーケットで扱う食品の包装紙まで多種多様なものを大量に集めた。それは彼にとって資料であり、情報の塊だったのだ。

そんな超然ぶりは、一部の人にとって得体の知れないものだっただろう。彼の生活や収集歴に関する常人離れしたエピソードも数多く語られた。柳本さん自身、不思議な人として扱われることを恐らく楽しんでいた。ただしそのイメージがふくらんで、彼が打ち込んだことの本当の意義が見えにくかったのは確かだと思う。

それに対して本書『柳本浩市 ARCHIVIST』は、柳本さんが集めたものや、その背景にあった考えに正面から向き合う。原型になったのは、彼が2016年に急逝した翌年に有志により開催された追悼展だ。数々の写真では、コレクションの量と幅広さに圧倒される。また、自宅に残された1000冊以上のファイルは雑誌などのスクラップを核とし、独自の情報整理にかけた思いを物語る。香港のミュージアム「M+」のキュレーター、横山いくこの寄稿も冴えている。

資料を分類し、受け継ぎながら将来へと活かす博物館などのアーキビストの仕事に、生前の柳本さんは自身を重ねた。この本は、そんな姿勢で世界をデザインとして捉えた彼の精神をありのまま伝える。その視点、知性、そして探究力。すべてが示唆に富んでいる。

関連記事

※この記事はPen 2022年7月号より再編集した記事です。