「お前それあれみたいじゃん。なんだっけほら。あのー、あれあれ」
そんな声が聞こえてきたのは、まだちょうどコロナで世間が騒ぎ出す直前ぐらいの時期に、昼食を取ろうと入った牛たん定食でお馴染みの「ねぎし」で、僕の右隣に向かい合わせで座る、二人組の会話からだった。作業着を着た二人は何かの業者の同僚同士に見えたが、片方が敬語を使っているところを見ると先輩と後輩の関係なのだろう。年齢は二人とも35〜40歳そこそこというところだろうか。
「え、なんです?それ」
「いやだから、塗装しても結局青のクリアだから何回重ねても透明って、まるであのーほら『果てしなく…』いや、『限りなく…』」
“青” “透明” “限りなく”というワードが出た時点で僕は村上龍の代表作の一つ『限りなく透明に近いブルー』のことだとすぐにわかった。しかし見ず知らずの僕が急に横から答えるのはやはりおかしい。でも答えたい。ここに赤い早押しボタンがあったら今すぐ押したい。
牛タン専門店らしかぬ心地良いジャズが流れるこの「ねぎし」の店内において、不釣り合いな「ピンポン」の音が鳴り響いて店内にいる店員さんと客全員の注目を浴びてしまったとしてもいい。
それほどの自信がある。絶対に答えは『限りなく透明に近いブルー』だ。しかしそう思っていた矢先、その後輩の口から出た言葉によって想像もしない展開になったのだった。
「ああ、GLAYのアルバム『天使のわけまえ / ピーク果てしなく ソウル限りなく』のケースですか?」
「それ!それだ!よく出てきたなお前!」
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愕然とした。
何だって? 天使のわけまえ? 何が何だかわからない。すぐにiPhoneをポケットから取り出し検索したのは言うまでもない。
iPhoneのディスプレイに映し出されたのは『天使のわけまえ / ピーク果てしなくソウル限りなく』というタイトルのCDジャケット。ヴォーカルのTERUを先頭にGLAYのメンバーが、あぜ道のようなところをこちらに向かって歩いていて、なぜかTERUとその後に続くメンバーとの間に、激しく雷が落ちている。よく感電しなかったな、という思いはさておき、その裏面は透明で中に入っているCDディスクがまる見えになっている。彼が言っているのはこのケースのことか。目の前が真っ白になった。
それと同時に赤い早押しボタンがここになくて良かったと心の底から思い安堵した。危うくこの「ねぎし」の店内にいる全ての人の前で赤っ恥をかくところだった。しかし、完全な敗北である。敗者は勝者の前に跪くことしかできない。これが弱肉強食のクイズの世界の不条理とも思える理(ことわり)である。
僕はちらっとその後輩の顔を見た。すると照れながら「あったりめえじゃないすか」みたいな顔をして、へへへと人差し指で鼻を横に擦っているではないか。江戸っ子だ。『必殺仕事人』で藤田まことの周辺で照れ笑いをする、江戸っこ町人でしか見たことがない仕草である。
その後に食べた「がんこちゃんセット」の味は、正直覚えていない。
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さて、それから3年ほど経ったつい先日。僕がかつて「ねぎし」で大声で答えようと思っていた『限りなく透明に近いブルー』に限りなく近いような内容のことを手がけた。
それは私がクリエイティブディレクションを手がけているバッグブランド「MONOLITH」から発売されたPROラインの新色グレー。これがもともとあったブラックと、一見して違いがわからないぐらいのグレーなのだ。いわば「限りなく黒に近いグレー」。
「そんなんだったらブラック一色でいいじゃん」
そんな声も聞こえてきそうだが、無粋なことを言ってはいけない。藤田まこと、並びにその周りの江戸っ子たちは、絶対にそんなことは言わない。
それもそのはず江戸時代後期、裕福になって衣装に金をかけそれぞれが贅を競うようになった江戸の町人や商人たちに対し、時の江戸幕府が「庶民に贅沢されては困る」ということで奢侈禁止令(しゃしきんしれい)を出した。茶色(ブラウン)、鼠色(グレー)、藍色(ネイビー)しか着てはダメという規制で、それに対して洒落者の江戸っ子たちが規制の隙を縫うように工夫を凝らして、その3色の中で様々な色を開発したのだ。
その時に生まれたのが江戸の伝統色を表す言葉として、現代にも受け継がれる言葉「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねず)」である。
鼠色だけでも「鳩羽鼠(はとばねず)」や「利休鼠(りきゅうねず)」「浅葱鼠(あさぎねず)」「深川鼠(ふかがわねず)」など、その数100以上の鼠色が作られ、まさに江戸っ子の粋の結晶とも言えるものなのだ。
今回なぜMONOLITHがこの微妙で絶妙なグレーを開発したか。その新色グレーが一体どうこれまでのブラックと違うのか。またそれが装いとコーディネートの中でどのような違いが出るのか。
かつての江戸っ子の“粋”とも通ずる、MONOLITHの“粋”を、直営店や全国の MONOLITH取扱店(一部PROラインのグレー取扱いなし)で感じて頂きたい。
MONOLITH MARUNOUCHI
東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング1F
TEL:03-6551-2420
ムロフィス代表
1981年生まれ。大学在学時にアルバイトで(株)ベイクルーズのセレクトショップ「ÉDIFICE」の販売員として店頭に立ち、在学中にプレスに就任。大学卒業後に同社に入社し27才で独立。2008年にPRオフィス「muroffice」を立ち上げる。現在は「muroffice」のディレクターを務める傍ら、アイウェアブランド「Eyevol」やバッグブランド「MONOLITH」などのディレクションや、L'ECHOPPEコンセプター金子恵治、 anthings代表重松一真とともに"クリエイションの力で様々な問題を解決する"「IAC」を設立し、現在活動中。
1981年生まれ。大学在学時にアルバイトで(株)ベイクルーズのセレクトショップ「ÉDIFICE」の販売員として店頭に立ち、在学中にプレスに就任。大学卒業後に同社に入社し27才で独立。2008年にPRオフィス「muroffice」を立ち上げる。現在は「muroffice」のディレクターを務める傍ら、アイウェアブランド「Eyevol」やバッグブランド「MONOLITH」などのディレクションや、L'ECHOPPEコンセプター金子恵治、 anthings代表重松一真とともに"クリエイションの力で様々な問題を解決する"「IAC」を設立し、現在活動中。