もう80年代のやり方は通用しない。だけど、『トップガン マーヴェリック』のトム・クルーズだけは例外

  • 文:速水健朗
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現在公開中の『トップガン マーヴェリック』。配給:東和ピクチャーズ © 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

F-14、愛称「トムキャット」とトム・クルーズは、互いに完全なる主役で、向かうところ敵なしの存在。アフターバーナー全開で敵機を撃ち落としまくる。だが、そのF-14が米海軍の現役戦力から遠のいて長い月日が経った(配備期間は1973年〜2006年)。『トップガン』の続編が2006年につくられていたなら、内容は公開中の『トップガン マーヴェリック』とまるで違った内容になっただろう。トムは40代半ばで、戦闘機パイロットなら通常は、引退の年齢。どちらの“トム”も一線を引いて、新しい人生に歩き出す。そんな『トップガン2』もあり得たのだろうか。そして、戦闘機の世代交代のタイミングよりも、役者の世代交代が遅いなんて。

最強の戦闘機だったF-14は、なぜ時代遅れになったのか。機体のサイズが大きすぎ、かつ運用コストが高くつきすぎたから。米軍といえども、冷戦が終われば巨大防衛費を維持する意味を失う。もっと複数用途を兼ねられる、小ぶりでコストのかからない新型機の時代に取って変わられたのである。

さて、(前の)冷戦を振り返ってみる。1986年。当時のハリウッドの2大スターは、ミッキー・ロークとトム・クルーズだった。『ナインハーフ』『トップガン』が公開された年。アメリカ映画をめぐる光景がこのふたりの登場で変化する。

70年代、および80年代初頭の『ロッキー』や『ランボー』は、輝きを失ったアメリカを代表するアンチヒーローだった。ベトナム戦争に敗れた深手を背負った大国を表彰する主人公。最も象徴的な存在は、『タクシードライバー』のトラヴィスだろう。トラヴィスもロッキーもランボーも同じように傷ついていた。だが続編の『ランボー2 怒りの脱出』や『ロッキー4』の主人公たちは違う。レーガン政権(81〜89年)の下、異例の軍事費増強が実行。過剰な軍備費を背景に、アクション映画群は明らかにその軍事費を反映したものだった。でも当時のローティーンがそれに夢中にならないわけはなかった。僕の世代は、ランボーは2から、ロッキーは4から観ている。

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ハリウッドが許さない、トムのエイジング問題⁈

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トムの新作『トップガン マーヴェリック』の話。1986年から36年を経た『トップガン』の続編。なるほど、36年も時代が開くと、冷戦は終わるし、戦闘機の世代交代もり、共演者たちも老けてしまう。続編で描かれている世界は、きっちり34年(公開がずれ込んだ2年を引いている)ではない、約30年後の世界だというのは、映画音楽ジャーナリストの宇野維正が、YouTubeチャンネルで指摘していたこと。年代設定の微妙なズレが生じる。時代設定を厳密にすると、時計が止まっているトムの見た目と周辺事情の整合性が取れなくなるのだ。この辺りに作品を読み解く重要なキーがある。

アメリカをめぐる情勢は変わっても、トムは変わらない。ちなみに、彼のキャリアを見るとF-14が退役した2006年には、『ミッション・インポッシブル3』が公開され、前年には『宇宙戦争』があった。退役どころかアフターバーナーは点火されたまま。トムには退役は許されない。アメリカの軍事費とハリウッド予算規模は、向かう矛先を変える。

トムのエイジング問題は、本人の努力の問題というより、ハリウッドがそれを許さないという問題だ。老いを受け止めない姿勢が時代遅れであることも含めてトム・クルーズは、トム・クルーズなのだ(『トム・クルーズ-永遠の若さを追求して-』というフランス制作のドキュメンタリーがその目線で描かれていてさすがに意地が悪すぎたけど)。

たしかトップガンの続編の話が決まった直後には、ドローンとの戦いが描かれるのだろうという予測もあった。たとえそうなっていたとしても、内容は変わらなかっただろう。トムは自ら戦闘機に乗り込んで戦って勝つ。トムのための脚本がつくられ、トムが主役の映画になってしまう。

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ちなみにミッキー・ロークにそれは許されなかった。代わりに彼は、1980年代に全盛期を迎えて落ちぶれたレスラーの役を『ザ・レスラー』(2008)で演じている。落ちぶれたレスラーの姿は、ロークそのもの。台詞でロークは、ニルヴァーナの名を挙げながら「I hated the ’90s. The ’90s fuckin’ sucked」とつぶやく。ガンズ・アンド・ローゼスやモトリー・クルーの80年代が最高で、ニルヴァーナが出てきた90年代は最悪だったと。この台詞を言うための資格はふたつある。ひとつは、90年代に存在として墜落した人間であること。ふたつ目は、80年代に本当に輝いていたこと。ミッキー・ロークは、有資格者だ。そして、映画を通して「80年代のアメリカのやり方はもう通用しない」ということを体現もしている。

トムの90年代は、『デイズ・オブ・サンダー』から始まり『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』や『ミッション・インポッシブル』シリーズを経て、『アイズ ワイド シャット』『マグノリア』へとたどり着く。説明不要。エンジンは点火されたままだ。少なくとも『トップガン』の続編などつくる必要がなかったということ。

2001年の『バニラスカイ』は、交通事故で致命的な怪我を負い、整形手術で元通りの顔に戻す大富豪の話。トムがその富豪を演じる。金をかけて顔を取り戻し、維持するお話。トムのセルフパロディ的物語。ちなみに、この映画のトムは、フォード・マスタングに乗っている。初代の1960年代のマスタングだ。高級車ではなく、手頃なスポーツカーだが、旧車を維持して乗り続けるには金がかかるということを暗示しているのだろう。『トップガン マーヴェリック』にもペニー(ジェニファー・コネリー)の家の近くにマスタングが停められている場面が2回あった。戦闘機とバイクだけではないクルマ好き的に見逃せない場面。

もう80年代のやり方は通用しないけど、トム・クルーズだけは例外。『トップガン マーヴェリック』は、まさにそれを楽しめる人たちの映画だ。ちなみに、僕は最高だと思っている。最後にミッキー・ロークについてもひとこと。もし、あの猫パンチが当たっていたら、世界はまた別の姿をしていたはずだ。

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速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。