いま振り返ってみると、時代を経ても記憶の奥底に刻まれているミスター・チルドレンの6枚目のアルバム『BOLERO』で、ジャパニーズポップス史のひとつの分岐点を迎えていたように思う。
1997年に発売された同作には、6枚目シングルの「Tomorrow never knows」から9枚目の「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」まで、加えて13枚目の「Everything(It's you)」といった大ヒット曲を大量投下。そこに、「タイムマシーンに乗って」や「Brandnew my lover」「ALIVE」「ボレロ」などの幅広いサウンドと世界観をもった曲が集結した。
「曲や歌詞の通りに映像をつくることをあまりしないんです。アーティストが生み出した作品に、なにかをぶつけて新しいイメージをつくり出すというのが僕らの役目だと思っていますので」
そう語るのは、「ALIVE」を皮切りに、その後2013年まで9曲のMVの監督を務めた映像作家、丹修一さん。ミスター・チルドレンに限らず、それまで楽曲に寄り添い、現実の拡張世界として表現されていたMVだが、丹さんはそこに現代アートの要素やある種のシュールさを注入し、音楽が主役となる映像作品への注目度と没入感を圧倒的に高めたのだ。
そんな彼のMVは、アーティストへのインタビューから始めることが多いという。
「完成した曲をいただいてから、最初の打ち合わせでアーティストサイドからお話をうかがい、その曲にまつわるキーワードを受け取ります。というのも、いただいた曲を聴いた時に僕の中で、映像の根幹になるようなテーマめいたイメージの種がいくつか出てくるのですが、それを曲とつなぐための言葉や背景を探しにいくためなんです。インタビューの内容は、どういう状態、どういうモードでつくられた曲なのか。同じアーティストでも、そのときどきでモードが違います。ハッピーな曲をつくるときは、ハッピーなモードでしょうし、心に刺さって痛いと感じる曲をつくるときは悲しいモードだったかもしれません。そこでヒントのような言葉を探して、その後トリートメント(ストーリーや展開の設計図となる資料)にまとめて、提案します」
そこからさらにメンバーとの対話を重ね、具体的なイメージへ落とし込んでいく。
「提案がひとつの時もあれば、複数の時もあって、それをもとにメンバーのみなさんとプロデューサーの小林武史さんに、プレゼンテーションを行います。たとえば『パワー感』を出すのか『静かな空気』でつくり上げていくのかといったシンプルなことから、とても微細で細部に入る表現に関することなど対話を重ねたりして、アグリーメントをとりながら撮影へと進めていきます」
丹さんが初めてミスター・チルドレンのMVを手がけた「ALIVE」では、淡々と進む日常をドライな視点で見つめながらもその先に希望を追いかける楽曲に、延々と続く森を練り歩く人物とまっすぐな眼差しを投げかけるメンバーのポートレートの映像を重ねている。 このMVでテーマにしたのは「遊牧民」だった。
「曲を聴いてまず『ノマド』という言葉が浮かびました。桜井(和寿)さんが黙々と山を登っているようなイメージもありました。この曲に宿る『静かな空気』を表現したいと思い、イメージソースとして、写真家の小林響さんが手がけていた世界の少数民族を撮影しつづける『tribe』という作品を挙げました。まるで写真集をめくっているような体験をつくろうと、小林響さんご本人にカメラを 回していただき彼のトーンであるモノクロフィルムを使用しました。冒頭はメンバーが歌ったり演奏したりじゃなく、そこに生まれる〝間〞を映したかった。声と声の間の一瞬や声を出し切った後の息継ぎの瞬間を切り取ったような空気感にしたかったんです」
時期を同じくして、同アルバムに収録される「タイムマシーンに乗って」や「Brandnew my lover」「ボレロ」を続けて制作。ミスター・チルドレンがもつ他にはない才能豊かな土壌に、丹さんの感性の種を埋め、やがて誰も見たことのない花を自由に咲かせていく。
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「どのプロジェクトにも共通することですが僕はいつもその楽曲にあるアーティストのリアルを、体温のように感じられる作品にしたいと思っています。それは彼らの人間性を引き出すということかもしれません。ただ、回を重ねるごとに思ったのは、アーティストは次に会った時にはもう前と同じではないということ。彼らは一日を過ごしただけで感じることがたくさんあるでしょうし、いままでとは別のものに興味が出てモードが変わっているかもしれない。時間とともにどんどんアップデートされています。そして、僕自身もその間に変わっていきますし、彼らとの関係性も変化していきます」
丹さんが長い間さまざまな時期のミスター・チルドレンを見られたことは、自分にとって大きなギフトだったという。
「そんな中で『ALIVE』の頃の曲は、極めて個人的な意見ですが、少し退廃的な雰囲気があって、やさぐれていたり、毛羽立っていたりする桜井さんを想起して構成を考えた記憶があります。それゆえ、映像もクリアというよりもザラっとした質感やちょっとした違和感を意識していたと思います。『タイムマシーンに乗って』はリアルとアンリアルをぶつけていて時間軸が2軸ある構成です。エレベーターに乗り、歌い、演奏しているみんなと、宇宙船を操縦する桜井さんを撮影しました。『ボレロ』では、いろいろと構成を悩んだ結果、壮大な曲調なのでオーケストラを入れて、どっしりと重厚感のある画を狙いました」
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対話を続け、撮影をともにする中で、丹さんはメンバーそれぞれの人間性に触れ、より深い関係性を築いていった。それがMVの奥行きを広げることにもつながった。
「小林さんという強力なプロデューサーとクリエイティブな関係にあり、メンバーのみなさんもストレートで裏表がない人柄なので、すごく風通しがいい。なによりご本人たちが、クリエイションに対してすごく真摯に向き合って、こちらのオーダーにも真面目に対応してくださり、一生懸命演じてくれるんです。たとえば、『光の射す方へ』は雑居ビルの探偵事務所が舞台ですが、このような雰囲気で撮りたいと伝えたら、田原(健一)さんが『光るギターを使ったら面白いですかね』って提案いただいたりして」
そして、2000年に発表した「口笛」のMVは、アルバム『Q』に収録された「Hallelujah」のレコーディングの様子に密着するドキュメンタリー番組のため訪れたニューヨークで撮影された。他人からはうかがい知れないけれど、そこには存在する確かな想いを描いた歌詞の世界。丹さんの頭に思い浮かんだイメージは「人から忘れられた場所と、そこに流れる時間」だったという。そんな風景に表現する上で取り入れた演出は、桜井の大胆な変身だった。
「僕らが生活している同じ世界の中で、誰も訪れない一角があって、でもそこには変わらず風が吹いていて、葉っぱが舞っている。そんな画を軸にしようと考えて、マンハッタンの東にあるルーズベルト・アイランドという細長い島にある病院跡やアパート跡、それと廃校を使って撮影をしました。その中で、なにか桜井さんの見た目にインパクトがあってもいいんじゃないかという話を出したら、その時のスタイリストとヘアメイクアップアーティストのみんなが盛り上がって、その結果、桜井さんを金髪にすることに。映像にはっきり写っているわけではないけれど、新しい彼のビジュアルはかなり目を引いたと思います」
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01年の「優しい歌」から12年の時を経て、丹さんは再び、映画『リアル 〜完全なる首長竜の日〜』の主題歌となった配信限定シングル「REM」のMV制作のメガホンを取る。夢と現実を彷徨うような不穏な空気を感じさせる曲を、ダーク・ファンタジーのエッセンスを注入して映像化する。
「気付かぬうちに迷宮に迷い込んでしまうような映像を表現したいという思いが最初に出てきました。そこで映画の脚本を読んで、いくつもの自分の分身がいるように、ミラールームや動物の頭をした男に桜井さんが対峙する構成を考えていたと思います」
長い時間が経ち、お互いに以前とは大きく変わっていただろう。しかしその中でも、懐かしく思えるほど変わらないものがあった。
「ミスター・チルドレンのすべての曲において、メロディーと言葉が驚くほど強固に結びついている。桜井さんの声と田原さんと中川(敬輔)さん、JEN(鈴木英哉)さんの奏でるメロディーと、それを彩る小林さんのアレンジが完璧な形の塊になっている。MVの構成を考える時、いつも気がついたら歌っていて。すでに体の一部になっているってことなんでしょうね。メロディーかワードか、どちらかだけを走らせてアイデアを出すっていう方法もあるんですが、彼らの場合はどうやっても剥がせないんですよ。だから難しかったんだなって、思いました(笑)。気がついたら歌っちゃってますから。なので毎回必死でしたね。当初は〝創造するということ〞をみなさんに叩き込まれた時間でもありました。それはとても幸せな時間でもあって、映像作家という立場で共有させていただいた経験は、僕にとってなににも変え難い貴重なモノですね」
丹 修一●サザンオールスターズやMy Little Lover、THE YELLOW MONKEYらのMVやCMを手がける。昨年、TK from 凛として時雨のソロ活動10周年を記念したオリジナルライブを制作、エレファントカシマシ、宮本浩次のクリエイションワークにも携わっている。受賞歴に、SPACE SHOWER Music Video AwardsのBEST VIDEO OF THE YEARなどがある。
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