ミュージシャンが紡ぐ唯一無二の音楽を共有しながら、その世界観を視覚的に享受する。メロディーが、歌詞が触媒となって曲を体験する。それがMV(ミュージックビデオ)の魅力だ。そのあり方はいまでは多様になり、一本のドラマや映画に並ぶ芸術性やエンタメとしての存在感を放っているものも少なくない。
ミスター・チルドレンの19枚目のアルバム『重力と呼吸』に収録されている「Your Song」「SINGLES」「here comes my love」のMVを手がけた林響太朗さんもその貢献者のひとりだ。数多くのミュージシャンの映像作品を制作してきた彼にとっても、この3作は自身の記憶とキャリアの中でいまでも特別な光を放っているという。
最初にミスター・チルドレンに携わったのは、ドラマ「隣の家族は青く見える」の主題歌「here comes my love」。幼少期より想い合っていた男女ふたりの人生と、その先に起きる切ない奇跡を描いた物語が、静かに涙を誘う。
当時、林さんは「映像から音楽を想起できるショートストーリーを撮りたい」という相談を受けた。
「それまで、MVと物語をしっかりとかけ合わせたことがなかったんです。その時も、MVはあくまで曲をメインに、雰囲気のある抽象度の高い映像を撮っていた時期でした。なので、ショートフィルムと聞いて、まず林自身も所属するDRAWING AND MANUALの社長であるプランナーの唐津宏治に相談しました。この曲はなにを歌っているのか一緒に曲を聴き、歌詞を見ながらていねいにひも解いていって、脚本やプロットの前にある、もう少し物語の根幹に近い部分をつくり込んでいきました。唐津は、このMVが僕にとって重要な挑戦であり、同時に僕がどんな画を撮ると面白いかということも考えて、いろいろと提案してくれました」
当時、仕事の関係で東北地方に関する縁と知識をもっていた唐津。打ち合わせを繰り返す中で、青森県北東の先端、尻屋崎という岬に放牧されている馬の話が出た。MVで印象的に登場する、白い寒立馬(かんだちめ)である。
「かつて軍用馬、いまは農用馬として放牧されている寒立馬は、たくましくてずんぐりしていて、静かで朴訥とした人物を想起させました。冬は、吹雪の中でも体力を使わないようにずっと立って休んでいるんです。『here comes my love』のイメージにあった、なにかをずっと待っている人にぴったりリンクし、それを起点にひとりの相手を思い続けている人のメタファーとして映像をつくろうと思いました。そこに、出会いと別れと再会と、ちょっとした魔法が起きるファンタジーのような物語の要素を足していき、唐津が30枚ほどのプロットを書いたんです」
ここから林さんは、その後の映像制作の礎になる、撮りたい画を共有するためのムードボードをつくり始める。コンテのように決め込まず、アーティストを含む制作に携わるスタッフに映像の雰囲気を伝えるものだ。
「MVに必要なキーワードを立てて、それに紐づく写真やイラストなどをまとめた資料をつくるんです。その意図は、みんなで想像しながら、メンバーご本人たちも楽しんでもらえるようなものをつくりたいと考えたからです。プロットは細かく書いていましたが、段取りに則って撮るマスターショットを狙うことはしない。この時挙げた『馬』『走馬灯』『灯台』といった言葉とイメージを共通言語としてもっていれば、俳優を含め制作スタッフは現場で自ずと、いまなにを撮りたいか、なにを撮っているかを考えないといけないので、真剣になりますし、一体感と没入感が生まれます。それは本当に楽しく、素敵な時間なんです」
「here comes my love」のジャケットにも、寒立馬が採用された。「メンバーの皆さんが、MVの物語に共感してくれたんだと思います。すごくうれしかった」。それから、「Your Song」、「SINGLES」のMV制作の依頼を受け、同時期に撮影した。
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「『Your Song』ではご本人たちが久しぶりにMVに出ることが決まっていました。内容についてそれ以外は自由。僕のイメージは、カップルのかけがえのない日常。その頃、映画『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』で、地下鉄の駅を通る姿を通して、主人公のカップルが過ごす時間を収めたシーンが好きで。同じ場所だけど、毎回服も気分も違う。これこそなにげなくて、でも本人たちには大切な日常というところを表現したいと考えました」
ふたりを見届ける存在として、メンバーはストリートライブをするミュージシャンとして登場。
「この作品では、(前述の)ドラマを描いた『Original Story』と、ミスター・チルドレンの皆さんが一曲をパフォーマンスするバージョンのふたつを撮影しました。当初、メンバーが屋上で歌い演奏するシーンは、カップルに奇跡が起きて別の世界に飛んでいき、本当のミスター・チルドレンの歌に触れるというドラマのラスト、ワンシーンで使うために撮ったものでした。ただ、メンバーのみなさんがあまりにも素晴らしくて、フルバージョンを撮らせていただきました。メンバーが考えていた世界を、僕が聴いたイメージを通して拡大解釈した物語と、曲や歌詞に込められている思いをメンバー自身が身体で表現している姿を見せるという、2通りの表現ができたことがうれしかったです」
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続く「SINGLES」では、〝いままでの映像とも異なる、リアルな大人の物語〞というコンセプトが与えられた。前2作でエッセンスとして入れていた〝ファンタジー〞の要素をあえて取り除いて、ストーリーを考えたという。
「曲を聴いたイメージとタイトルから、〝独り身ずつ〞〝一人ひとりが歩む道〞といった題材が頭に浮かびました。出会いと別れがあり、それぞれの人生を噛み締めていく。その過程をきれいに描くことにしました。これまでよりもリアリズムを意識して、しっとりとした上品な世界観を目指しました」
それぞれに見た景色を改めて振り返ると、感情に訴えかける奥深い物語性と圧倒的な映像美でつくり上げたMVは、林さんにとっても転換点のひとつとなった。
「『here comes my love』を撮る以前、MVはアーティストの想いをファンに届けるためのもので、映像作家としては美しい画づくりを突き詰めることに重きを置いていました。ミスチルの作品に出合い、観る人の感情を動かすことが大事だと気づき、それを物語として言語化できた」
若き映像クリエイターとして、国民的バンドとの仕事で得たものは計り知れない。楽曲のより深い部分を探り出し、映像化していくその手腕は、ますます磨きがかかっていくことだろう。
林 響太朗●1989年、東京都生まれ。クリエイターカンパニー「DRAWING AND MANUAL」所属。ミスター・チルドレンの他、BUMP OF CHICKENや星野源、米津玄師など数多くのMVを手がける。アジア太平洋広告祭「ADFEST 2022」ブロンズ、SPACE SHOWER MUSIC AWARDS 2022 VIDEO OF THE YEAR、iF DESIGN AWARD 2022 Gold受賞。
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