(前編から続く)座席はスタンド一階の中央前方。正面にステージが見えるけれど、さすがはドームツアー。彼らの機材は遥か先で、前方に置かれたマイクスタンドも、爪楊枝の先くらいにしか見えない。
「遠いなあ……。遠いけど、でも、ちゃんと届くんだよなあ」
当然、ステージまでの距離はアリーナ最前列とスタンド後方ではっきりと異なる。見える景色も違うし、臨場感も変わってくるだろう。でも、どの席にいたって彼らの演奏はきちんと届く。彼ら自身も認めるように、Mr.Childrenはドームやスタジアムクラスの会場にこそ、大きな磁場を発生させる稀有なアーティストだと思う。ツアーに足を運ぶたび、そのことは実感してきたから、どこに当たっても席への不安はない。
開演まで20分。10分。5分と時間が過ぎていき、とうとうオープニングSEが流れ出す。そして、すべての照明が消えた。ツアー名「半世紀へのエントランス」。30周年を迎えた彼らが50周年まであと20年活動を続けることへの意欲とこれまでのキャリアを見せつける、彼ら(そして僕らファン)にとって大きな節目となる大切な一夜が始まった。
約4万人を収容した巨大空間は、静寂と暗闇に包まれている。そこに光が挿すように、前方の巨大スクリーンに、オープニング映像が流れ出した。その途端、頭の中は「いよいよ始まるんだ」という高揚感と「とうとう始まってしまった」という喪失感が同居する。始まれば、いつか終わってしまう。そのことを彼らはいろんな曲で伝えてきたし、終わってしまうからこそその瞬間を愛でていくべきなのだと、いろんな歌で説いてくれていた。映像を見ながら、早くも泣き出しそうだった。30周年を総括するライブは、つまり僕の人生の大半を総括するライブと同義だ。彼らと歩んだ日々が、頭の中で走馬灯のように蘇ってきていた。そして、ひとつ目の音が鳴り響いた瞬間、僕は14歳で経験した初ライブと同じ気持ちで、ステージを見つめていた。
ライブ当日のサポートメンバー編成も、ここでは伏せる。ただ、会場を埋め尽くした4万人を前に、Mr.Childrenの4人は圧倒的な存在感を持ってそこに立っていたことを報告したい。あくまでも体感の話だが、遥か遠くに見えていたはずのステージは、楽曲が始まった途端に、どんどん近付いてきたように感じられた。
巨大なスクリーン(これも現地に行かれる方はぜひ圧倒されてほしい。トップアーティストだから実現できた、芸術ともいえる領域だった)に彼らの表情が映るたび、その笑顔から自信と興奮、わずかな緊張、そして圧倒的なホスピタリティを感じられた。全員50代のはずだが、とくにフロントマンとしてオーディエンスを引っ張っていく桜井さんに関しては、その表情や動きを見る限り、ここ2、3年よりも若返ったように見えたほどだ。
ライブツアーをしばらくできなかったその鬱憤を、彼らはここぞとばかりに解き放っていく。コロナ禍で声を出せない、歌声や歓声を届けられないオーディエンスのもどかしさも、そのぶんメンバーが掬い上げる。「心の中で歌って!」と桜井さんがマイクを高く持ち上げると、頭の中で、4万人の歓声が確かに響いた気がした。
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序盤数曲を終えた時点で、会場のテンションは早くも沸点に到達している。こちらもようやく「ミスチルのライブ会場にいる!」という実感が湧いてきたところだった。そこで桜井さんが、今回のツアーにおける「とある試み」について語った。詳細はここでは伏せるが、その内容に会場は驚き、ざわめいた。30周年という記念碑的なツアーにおいて、ベストなセットリストとは何なのか? 代表曲ばかりで構成された25周年ツアーとの差別化はどうするのか? それらの疑問と予想を、まったく別の角度から裏切り、そして、それ以上の期待に応えてみせる発言だった。
中盤以降も、200曲を越える楽曲の中から、今回のツアーに相応しい感動や優しさ、憂いや嘆き、時に破壊的な衝動すら持った歌たちが披露されていく。ただ30年を振り返り祝福するだけの時間ではなかった。偉大なキャリアを築くまで失ったものや離れていったものにまで、彼らは目を逸らさずに向き合っていく。
何十年もの間、スタジアムクラスのライブ集客を誇るバンドであり続けること。それはわざわざ言うまでもなく、簡単なことじゃない。この日まで、たくさんの人の支えと、助けと、葛藤と、選択、別れがあったからこそ実現できたことなのだと、彼らは楽曲を通じて伝えてくれる。前回の周年ツアー「Thanksgiving 25」との決定的な違いがあるとすれば、まさにこの「30年の中で生まれた別れや苦悩にも向き合い表現すること」であり、そして、「別れも悲しみもこれから待ち受けるであろう不安も、すべて引き受ける覚悟で現在進行形の自分たちを見せていこうとする意志」を前面に打ち出したことにあるのだと思う。しかもそれは、楽曲や桜井さんの歌声からだけではない。JENさんが空高く掲げたスティックや、中川さんが振り下ろした右腕、田原さんが何度もファンに向けて頷いたその瞬間、そうした小さな動きから、彼らの挑戦と感謝の意志が滲み出ているように感じられたのだ。
アンコールまで演奏を終えて、メンバー4人がステージの端から端まで、手を振り、何度もお辞儀をして、ファンの拍手に応えていく。そして再びステージ中央に戻ると、桜井さんがメンバーを代表して、ファンにエールを送った。
「次はみんなの歌を聞かせてください!」
その言葉が、どれだけ多くのファンの励みになったことだろう。今日で、終わりではない。生きていれば、次があるのだ。そして次に会う時には、もうマスクはしていない状態で、会えるかもしれない。科学的根拠がそこになくとも、希望を持つには十分すぎる一言だった。Mr.Childrenは最後まで笑顔を見せたまま、そして、普段のコンサートよりも心なしか長く、会場に残って手を振って、ステージを去った。あの笑顔に、また数年、僕は救われて生きていく。強烈な余韻が、いまでも全身に薄いベールを貼るように覆い被さったままだ。できればこのまま、彼らの音楽に守られていると思いながら生きていきたい。次にまた、その姿が見られる日まで。
カツセマサヒコ●1986年、東京都生まれ。一般企業勤務を経て、2014年よりライターとして活動を開始。20年刊行のデビュー作『明け方の若者たち』(幻冬舎)は北村匠海主演で映画化。21年にはロックバンドindigo la Endとのコラボで小説『夜行秘密』(双葉社)を刊行。他にもラジオパーソナリティや雑誌連載など、活動は多岐にわたる。
Pen 5/27発売号『Mr.Children、永遠に響く歌』
カツセマサヒコさんのネタバレなしレポを含めた、76ページに及ぶMr.Children特集は5月27日発売!