『シン・ウルトラマン』の公開を控え、発売中のPen 6月号『ウルトラマンを見よ』特集から抜粋して紹介。『シン・ゴジラ』に始まり、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を経て、『シン・ウルトラマン』と来年公開予定の『シン・仮面ライダー』。庵野秀明はなにを描き、伝えようとしているのか? アニメ・特撮研究家の氷川竜介さんが「シン」を読み解く。
円谷英二特技監督の育てた「夢」、つまり「空想映像」は受け継がれ、次世代のクリエイターがテレビ時代の特撮ヒーロー番組「ウルトラマン」を成功させる。その時に生じた波紋は、いまもなお大きく広がり続けている。
英二は1970年1月25日、享年68 で惜しまれつつこの世を去った。だが、翌71年から、新たな動きが始まる。
TBSを退社し、4月に円谷プロダクション社長を受け継いだ長男・円谷一はじめは、「帰ってきたウルトラマン」をスタートさせた。ほぼ同時に東映は「仮面ライダー」(石ノ森章太郎原作)によって等身大アクションをメインとする変身ヒーローものを開始している。これはローコストによる特撮ヒーローの量産へとつながった。7月には東宝が『ゴジラ対ヘドラ』で新機軸を打ち出し、残された円谷組のスタッフが迫力の映像を見せて、ポスト円谷英二の特撮文化継承を行った。
こうしてターゲットをより幼い子どもとすることで、「第二次怪獣ブーム」が起きた。これはアニメにも影響を与え、怪獣ロボットと巨大ロボットが戦う「ロボットアニメ」のブームへと発展する。
大人からは、アニメや特撮とはやがて「卒業するもの」と考えられていた。ところがこの時期から「卒業しない若者」が出現し始める。後に「エヴァンゲリオン」シリーズを送り出す庵野秀明も、そのひとりだった。60年生まれで「テレビっ子」と呼ばれた世代が、次のムーブメントの中心だった。
英二からすれば、彼らは「孫の世代」にあたる。自身の成長に合わせてテレビでアニメ・特撮の価値を見出し、分け隔てない映像文化を栄養分に成長していく。彼らが成人する80年前後から新たなスタイルのクリエイターが続々出現する現象も、「円谷英二の遺産継承」の一部なのである。
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空想映像から始まった構想は、社会と人の意識を変革する
その成長過程の代表例は、全国で巡回中の展覧会「庵野秀明展」で、アニメと特撮が一体となった形で確認できる。
2010年代以後はクリエイター、庵野秀明によって『シン・ゴジラ』(16年)、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(21年)、『シン・ウルトラマン』(22年)、『シン・仮面ライダー』(23年予定)と、特撮・アニメを横断した新作が続々と送り出されていった。これらがベースとなったコラボレーション企画も出現した。
22年2月14日、東宝・カラー・円谷プロダクション・東映の4社が共同で発表した「シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース」(SJHU)は、さらなる新展開を予感させる、ビッグプロジェクトだ。具体的な商品や作品は未発表だが、構想だけでもワクワクさせられる。
最初の『ゴジラ』(1954年)からもうすぐ70年が経過する。特撮アニメ文化はキャラクタービジネスによって大きく成長した。かつては複数の会社が競合することで、進化と発展が生み出されてきた。しかし、時代は大きく変わり、次のステージへ進むべきではないか。「SJHU」にはそんな想いの反映が感じられる。
すでにMCU(マーベル・シネマ・ユニバース)は、世界的に大きな成功を収めている。「異なる世界(ユニバース)に属するキャラクターが結集することで新展開をもたらす」という趣旨の「マルチバース構想」は、大きな価値を生む。類似の発想は現実を拡張する「メタバース」(インターネット上の仮想空間で、現実世界とは異なる〝別世界〞を提供するサービス)として提示されている。空想映像から始まった構想は、社会と人の意識そのものを変革するところまで来ているわけだ。
庵野秀明が「SJHU」に寄せたコメントでは、「既存の人気キャラクターを庵野秀明個人の作家性で縛る事をせず、自由度の高い展開を考えた企画です」と明言している。会社の枠組みを超えたコラボレーションのため「シン」の共通項を使ったとしていて、あえて「アニメ・特撮ファン」の肩書を使うことで受け手目線を保とうとしている。
そこにはビジネスよりもファンサービスを目指すことで、新展開を招きたいという庵野の意図がある。従来の枠を超え、世界に羽ばたいてほしいというその「願い」は、『ゴジラ』を「ウルトラマン」につなげた円谷英二の偉業を連想させる。
これは日本で発展したアニメ特撮文化を、さらに成長させる可能性を秘めたプロジェクトなのだ。「シン」の冠を付けた作品の初出は、12年公開の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』ラストで流れた『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の予告編だった。「シン」とはなにを意味するのか。「新」「真」「神」「深」など深読みできるカタカナ表記が話題を呼んだ。
この時すでに後への道筋となる「特撮とアニメの緊密なコラボ」が始まっていた。『:Q』の数カ月前、東京都現代美術館での企画展「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」が開催されている。英二が切り拓いたアナログ時代の「特撮ミニチュア」にスポットを当てる試みであった。
特撮美術スタッフの美学と情熱が宿った「ミニチュア」は、撮影が終われば捨てられてきた。だが奇跡的に保管されていた実物を修復し、芸術品として美術館に展示することで新たな価値を宿した。同時に宮崎駿監督のアニメ映画『風の谷のナウシカ』(84年)のキャラクターを借用し、新作短編特撮映画『巨神兵東京に現わる』をCG禁止の条件で制作している。
巨神兵は20代の庵野秀明がアニメーション作画を担当し、ヒットを牽引したことで有名である。この短編は『:Q』の劇場公開時に同時上映され、巨神兵が世界を滅ぼす特撮映像は(制作者側の意図を超えて)、ニアサードインパクト(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』で発生した大災害)により世界が崩壊する惨劇を補完する役割となった。
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「シン」のポイントは、既成概念を破る独創性
こうした動きは「日本スタッフによるゴジラ復活も可能だ」と、新展開を招く。そして16年に公開された、庵野秀明総監督・樋口真嗣監督による映画『シン・ゴジラ』は、新時代の怪獣映画として新生した。徹底したリアリズムにより「怪獣出現」を完全シミュレーションした同作は、興収80億円を超えるヒット作となる。
この勢いを得て、21年公開の『シン・エヴァ』は、予想を上回る新しい映像感覚を提示し、興行収入100億円を超える大ヒットを記録する。大きく進歩したデジタル技術を応用し、役者による実写映像や第3村のミニチュアセットをベースにアニメへリアリズムを採り入れ、シリーズ完結を見事に締めくくったのだ。それは庵野秀明が、アニメ・特撮・CGの枠組みを打ち破る自由で横断的な映像感覚を備えているからだ。
英二は早くに亡くなったが、CG時代まで存命であれば、発明家の素養を活かし、きっと他の誰もが考えつかない使用法を開発しただろうと、よく言われている。それを連想させる活躍ぶりである。
庵野発のキーワード「シン」は、まるで流行語のようになりかけているが、実は「既成概念にとらわれない独創性」こそがポイントではないか。それは価値創出をする源泉なのかもしれない。
庵野は17年、NPO法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)を立ち上げて理事長に就任し、ミニチュアやアニメ原画類を保全するとともに、文化財と位置づけて普及啓蒙する活動も始めている。温故知新を大切にし、先人へのリスペクトを欠かさず、「原点」を再確認しながら、最新技術で次の代へ魅力を伝える行為とする。すべてはこの点で一貫している。「次代への継承」を射程に入れた動きもまた、キーワード「シン」を構成する大切な要素と見ることができる。
22年から23年にかけて公開される『シン・ウルトラマン』と『シン・仮面ライダー』もまた、流れを次のステージへ高めるものとなるに違いない。
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アニメ・特撮の文化を次代へ継承する、「シン」プロジェクト
「シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース」
本年2月に発表された、マルチバース化が期待される新構想。『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』の“ヒーロー”4作品がコラボレーションする。ビジュアルはアニメーターの前田真宏が手がけた。
※この記事はPen 2022年6月号「ウルトラマンを見よ」特集より再編集した記事です。