村上春樹がかつて自著『日出る国の工場』で書いた、コム デ ギャルソンのこと

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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モノトーンのチェック柄の素材を使ったセットアップモデル。製品に洗いをかけているところがこのブランドらしいところだ。4ボタン、シングルブレストと、基本的なデザインはオーソドックス。上下別々に着ても洒落て見える。ジャケット¥85,800、Tシャツ¥16,500、パンツ¥49,500、シューズ¥42,900/すべてコム デ ギャルソン・オム ドゥ

「大人の名品図鑑」村上春樹をめぐる名品編 #4

第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』の原作を執筆したのは、日本、いや世界を代表する作家・村上春樹だ。今回は村上春樹の数々のベストセラーに登場する名品、あるいは本人の愛用品について語る。

村上春樹の著作は、小説以外にもエッセイや紀行文、ノンフィクション、対談集、翻訳本など多岐に渡るが、イラストレーター安西水丸との共著『日出る国の工場』(87年)はその中でも異色の本だ。安西水丸とは『象工場のハッピーエンド』(83年)ですでにコンビを組んでいたが、そのころから二人とも「工場」に興味を持ち、本をつくってみたいと思っていたと『日出る工場』の「あとがき」に安西は書いている。その「あとがき」には86年に京都・伏見にある人体模型の工場の取材から始まったと書かれているが、消しゴムやCDなどいかにも工場らしい工業製品の取材以外にも、「工場としての結婚式場」と題して松戸にある玉姫殿などを取り上げているところが面白い。

ファッション関連の工場として2人が取材したのが、コム デ ギャルソンだ。コム デ ギャルソンは、デザイナーでありオーナーの川久保玲によって1969年に設立されたブランドだ。早くから海外に進出し、82年のパリコレクションでは「黒の衝撃」と呼ばれ、西洋主導のモード界に核心をもたらした。雑誌等のメディアでこれまで何度も特集が組まれているが、川久保玲がインタビューを受けることは稀で、ましてや製作現場である「工場」の取材を受けることもほとんどない。

この取材でも「僕がコム・デの工場を見学したいと言ったとき、マスコミ関係の知人は『そんなことどう考えてもムリですよ』と口を揃えて言った」(以下、引用箇所のブランド表記は原文ママ)と書かれているし、当初、取材は断られたとも書かれている。それでも諦めずに交渉を重ね、ついには都内にある縫製工場の取材が許可される。2人の熱心さが会社側に伝わったのだろう。それ以上に、村上春樹自身が取材するということも大きかったと想像できる。

取材前、村上春樹はまずはこのブランドを試してみようと思ったのだろう。「僕は実際に渋谷西武デパートにあるコム・デ・ギャルソン・オムのブティックで夏もののジャケットとTシャツを買ってみた」とこの本で書いている。買い求めたのは襟にパイピングが施されたジャケット。最初はその斬新さに戸惑いを覚えるが、着慣れると体に馴染んで疲れないことを発見する。その上、最初は新奇と思ったデザインも着続けると気にならなくなったとも書く。

「袖に手をとおすまではコム・デの服というものはかなり格好をつけて無理に着るんだろうという風に考えていたのだが、実際に着用してみると、意外に無理のない服なんだなあと、ここでもわりに感心してしまう。たった一着のジャケットからすべてを推測するのには無理があるだろうが、これに関する限り、ある種の一貫した思想のようなものが感じられる服であると僕は思う」とまで書いている。

この本ではコム デ ギャルソンの服がデザインされる過程や普通の家のような場所で縫われている様子、工場長へのインタビューなどが詳しく書かれ、コム デ ギャルソンが普通の服にブランドの織りネームをつけただけの服ではないことを解き明かす。この章のタイトルが「思想として洋服をつくる人々」。このブランドの真髄を言い当てているような気がする。

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同書の出版年にデビューした、コム デ ギャルソン・オム ドゥ

『日出る国の工場』に書かれていることから想像すると、村上春樹が取材前に購入したのは、84年に立ち上がったコム デ ギャルソン・オム プリュスというメンズブランドと思われる。しかし今回紹介するのは、この単行本が出版された年に新たにデビューしたコム デ ギャルソン・オム ドゥというブランドのスーツだ。

コム デ ギャルソン・オム ドゥのデビュー時のコンセプトが「日本製の日本人のためのビジネススーツ」。掲げられたキャッチフレーズが「日本の背広」と、それまで「クリエーション」を謳ってきた同ブランドにあってはかなり衝撃的で大きな話題となった。日本の社会を支えてきた「背広」というビジネス服を真正面から捉えたコレクションを展開し、吉田茂、志賀直哉といった歴史的な人物のポートレイト写真を使った広告ビジュアルも斬新だった。以来、クラシックなテーラードアイテムをベースにしながらも、時代に呼応したモダンさ、カジュアルさが加わったコレクションを展開して多くのファンを集めている。デイリーユースで使えるジャケットやアイテム、シャツ、ネクタイといったワードローブを揃え、手もちのアイテムとも組み合わせやすい。

最近は今回紹介するスーツのように、上下別売りのセットアップタイプも多く、選びやすい点も人気の秘密だろう。従来のコム デ ギャルソンよりも、幅広い層にアプローチすることに成功しているのではないか。

この本で村上春樹は普段はブルックス ブラザーズやポール・スチュアートの服を愛用していると書かれているが、コム デ ギャルソン・オム ドゥならば、まったく違和感を感じることなくスーツやジャケットなどのアイテムを選ぶことができるに違いない。

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ジャケットにドローコードが付いて、コードを引けばカジュアルな表情に変身する。パンツのサイドにはシャーリングが入り、ベルトなしでもはける。このデザインのパンツも人気だ。

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1987年にスタートしたメンズブランド、コムデ ギャルソン・オム ドゥ。毎シーズン変貌を遂げるコレクションブランドとは違うアプローチでメンズ服をデザインする。

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一見2ボタンのオーソドックスなネイビースーツに見えるが、前身頃に凝ったデザインが施され、同ブランドらしい独創性を感じさせる。ジャケット¥99,000、シャツ¥45,100、パンツ¥49,500、シューズ¥42,900/すべてコム デ ギャルソン・オム ドゥ

問い合わせ先/コム デ ギャルソン︎ TEL:03-3486-7611

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