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田中宗一郎が語る『シン・ウルトラマン』への期待と庵野作品。アニメの言語を進化させた、第3村の画づくり

  • 文:小林祥晴
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『シン・ウルトラマン』の公開を控え、発売中のPen 6月号『ウルトラマンを見よ』特集から抜粋して紹介。『シン・ゴジラ』に始まり、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を経て、『シン・ウルトラマン』と来年公開予定の『シン・仮面ライダー』。庵野秀明はなにを描き、伝えようとしているのか? 音楽批評家で編集者の田中宗一郎さんが「シン」を読み解く。

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田中宗一郎●1963年、大阪府生まれ。雑誌『ロッキング・オン』副編集長を経て、96年から雑誌『スヌーザー』を創刊準備、15年間編集長を務める。現在は、DJ活動や『ザ・サイン・マガジン・ドッコム』のクリエイティブ・ディレクターとして活躍する他、ポッドキャスト番組『POP LIFE:The Podcast』や『the sign podcast』を配信。

雑誌『スヌーザー』の元編集長であり、ポップカルチャー全般に造詣が深い音楽批評家の田中宗一郎さん。自身がホストを務めているポッドキャスト番組『POP LIFE :The Podcast』は、音楽、映画、ゲームなどさまざまなカルチャーを横断的に、時代背景や社会性を交えながら語り合う人気番組だ。番組内でも『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下シン・エヴァ)について触れていたが、田中さんはクリエイターとしての庵野秀明にどのような印象をもっているのだろうか。

「作品における形式――アニメーションの表現という部分では無条件に称賛しています。不完全な社会への参加を強要され、それに翻弄される個人や組織といった作品のテーマ、主題の設定もとても興味深い。冷戦時代が終わった後の30年間――グローバリゼーションの時代を象徴する作品をつくり続けてきた作家のひとりだと思います。僕が『エヴァ』とレディオヘッドの時代性について話したことにPen編集部が興味をもっていただいたので、今回はおもにその点について話したいと思います」

田中さんは、庵野作品における形式的、構造的特徴には、同じ困難さを共有してきた同世代意識を感じるという。

「庵野さんの作品には、名作と呼ばれる過去の作品へのオマージュがたびたび見られます。『エヴァ』が始まった1990年代は、もう新しいものをつくることは不可能で、アートは引用の順列組み合わせでつくるしかない、と言われた時代でした。そういう時代性や世代観は共有していると思います」

庵野は60年生まれで、田中さんは「鉄腕アトム」のアニメ放送が開始された63年生まれだ。

「まだ文字が読めない年齢に出合ったテレビアニメや特撮がポップカルチャーへの最初の入り口なんです。東映製作のアニメーション映画、東宝のゴジラ映画、大映のガメラ映画の隆盛と没落とともに育ちました。71年に『帰ってきたウルトラマン』が始まった時は『初めて再放送ではないウルトラマンが観られる!』と興奮しました。SF的な想像力も現実の一部として享受することが当たり前になった最初の世代ですね」

アニメや特撮といった共通の世代観を有する一方で、田中さんの興味の対象や社会認識に変化が訪れたのは、10代半ばでパンクと出合った経験が大きいという。

「パンクから学んだことのひとつは、自分自身が感じる苦しみや悲しみ、怒りの大半は歪な社会システムに起因しているという視点です。つまり、自分の半径5mで巻き起こる大半の問題の解決は、社会変革によってしかなし得ないと考えるようになった。僕の場合ここで一度、SF的な想像力から自分を切り離してしまったんです」

92年にデビューした英国のバンド・レディオヘッドと、95年から始まった「新世紀エヴァンゲリオン」。国は違えど、同じ時代背景を共有しているともいえる。田中さんいわく、90年代半ばは、欧米圏や日本語圏の若者たちが「グローバリゼーション以降の社会の歪みを内面化した時代」だという。

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社会の歪みを内面化し、自己批判が表出した時代

「急激に変化する社会が新たに生み出した歪みを、まるで自分が原因であるかのように受け取った世代の表現が、一気にあふれ出す時代なんです。たとえば、ニルヴァーナのカート・コバーンは93年に『自分のことが大嫌い、死んだ方がマシだ』と歌った。同じ年、英国ではレディオヘッドが『ここは僕の場所じゃない』と歌った最初のヒット曲『クリープ』を収録した1stアルバムを出します。『クリープ』は自己嫌悪アンセムと呼ばれ、多くの若い世代から共感を得たわけです。これに、僕は『エヴァ』を観て感じたことと通ずるものがあると思った。『エヴァ』にも『逃げちゃだめだ』という有名なセリフがありますよね」

そうした共通項を感じながらも、レディオヘッドの社会に目を向けようとする意識について田中さんは次のように解説する。「先に挙げたレディオヘッドの1stアルバム『パブロ・ハニー』に『プルーヴ・ユアセルフ』という曲があります。『この街には息をつく暇がない、銃を手にしなきゃ休む場所もない、自分なんて死んだ方がマシだ』と歌っている。第二次大戦後初めての好景気に浮かれていた当時のイギリスでは『中産階級の泣き言』と猛烈に批判されました。ただ、フロントマンのトム・ヨークにとってこの曲は一人称のキャラクターを使った社会批判の歌だったんです。ひたすら新自由主義を推し進める競争社会に加わることは、他人のこめかみに銃を突きつけることと同義なんだ、と。これは被害者ではなく、加害者の視点なんです。他人を傷つけたくないという。だからこそ、社会参加を強要されることから生まれる恐怖や苦しみは君のせいじゃない、こんな社会は受け入れてはいけない、逃げなきゃいけないというメッセージだった」

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想像力で生み出すよりも、カメラで切り取る実写の発想

『エヴァ』は社会現象化し、制作者の手の届かぬところで多くの憶測や議論を呼んだ。『シン・ゴジラ』と『シン・エヴァ』は、庵野がそれを乗り越えてつくった作品だと田中さんは捉えている。

「ジブリ以降、庵野さんほどアニメという言語を進化させた作家はいない。同時に、社会の変化に真摯に向き合ってきた。『シン・ゴジラ』では、政治のシステムにまで踏み込んだし、『シン・エヴァ』の第3村のシーンでは、市井の人々の営みを丹念に描いています。つまり、大衆を主人公に据えている。彼のフィルモグラフィーは外部からの反応に必要以上に向き合い続けた轍とも言えます」

『シン・エヴァ』を経て『シン・ウルトラマン』と『シン・仮面ライダー』という実写作品に庵野が続けて取り組むことになったのは、田中さんも腑に落ちたという。

「『シン・エヴァ』の第3村の屋内のカットってどれもすごくないですか? アニメ制作では普段用いない、実写やミニチュアワーク、3DCGの技術などを駆使して、どんなアングルのどんなショットが撮れるか、新しい画づくりを模索した結果でしょう。これは想像力によってゼロから生み出すアニメではなく、カメラでなにかを切り取る実写映画の発想です。庵野さんが言うようにレイアウトを基調にした二次元アニメはカメラを動かせない。第3村のシーンではカメラが動かせないことを逆手に取って、とんでもないショットが次々とモンタージュされていきます。アニメという言語の可能性を追求しきったと感じずにはいられなかった。だからこそ、庵野さんが次回作で実写を手がけることに妙に納得したわけです。『シン・エヴァ』という作品は、次のステップに進むための、そういう作品
でもあったと僕は捉えています」

では、その上で庵野が企画・脚本を手がけた『シン・ウルトラマン』に対して、田中さんはどのような期待をもっているのか。

「今回の宣伝コピーには『そんなに人間が好きになったのか、ウルトラマン』とあります。これはアングルを変えれば、『人類という愚かな存在に愛着をもつのか』という言葉としても受け取れます。人間本位の視点からすると、怪獣は悪でウルトラマンは正義のヒーローかもしれませんが、本当にそうなのか、と。そもそも『ウルトラマン』は、宇宙人や怪獣という外部の存在との関係を通して人類を描くという作品でした。米中間の経済摩擦が全世界的に影響を及ぼし、エネルギー資源と安全保障を巡って欧州圏の政治的、経済的均衡が戦後かつてないほどに不安定になっているいまこそ、外部からの視点によって社会の矛盾や、人類の愚かな営みを批評的に描く作品が必要な時代なのかもしれない。『シン・ウルトラマン』や『シン・仮面ライダー』は、そんな作品になるのではないかという身勝手な期待があります。だからこそ、20年以上にわたって庵野作品に一定の距離を置いてきた僕のような人間も、なにがなんでも観ないといけない、と感じています。いや観てくれるな、と思われるかもしれませんが(笑)」

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グローバリゼーション以降の社会の歪みを内面化した、1990年代の世相を映す代表作

レディオヘッド 『パブロ・ハニー』

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ワーナーミュージック

レディオヘッドが1993年に発表した1stアルバム。先行シングルとして大ヒットした「Creep」のほか、「Prove Yourself」「Anyone Can Play Guitar」などを収録。荒削りなギターサウンドが特徴で、バンドの原点を感じられる1枚。

ニルヴァーナ 『イン・ユーテロ』

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ユニバーサルミュージック

ニルヴァーナが1993年に発表したサードアルバムにして最終作。20周年を記念した「デラックス・エディション」にはボーナストラックとして、田中さんが言及した「I Hate Myself And Want To Die」を収録している。

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※この記事はPen 2022年6月号「ウルトラマンを見よ」特集より再編集した記事です。