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岩井俊二が読み解く「シン」の意味。『シン・ウルトラマン』で庵野秀明と樋口真嗣が目指すものとは?

  • 文:SYO
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『シン・ウルトラマン』の公開を控え、発売中のPen 6月号『ウルトラマンを見よ』特集から抜粋して紹介。『シン・ゴジラ』に始まり、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を経て、『シン・ウルトラマン』と来年公開予定の『シン・仮面ライダー』。庵野秀明はなにを描き、伝えようとしているのか? 映画監督・岩井俊二さんが「シン」を読み解く。

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岩井俊二(映画監督)●1963年、宮城県生まれ。88年よりドラマやミュージックビデオなど、多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は“岩井美学”と称される。近作に『ラストレター』『8日で死んだ怪獣の12日の物語』『チィファの手紙』など。2021年6月には長編小説『零の晩夏』を上梓し、映像作品以外にも多彩なジャンルで活動している。

『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』など、柔肌のような映像美で知られる映画監督・岩井俊二さんだが、実は特撮や怪獣の大ファン。コロナ禍に突入した2020年には樋口真嗣監督の呼びかけに応じ、カプセル怪獣をテーマにした『8日で死んだ怪獣の12日の物語 劇場版』(主演・斎藤工)という映画をつくっている。

怪獣から感じとった、ある種の洗練された造形美

そんな岩井さんは庵野秀明とも親交が深く、15年には、NHK「岩井俊二のMOVIEラボ」で、樋口・庵野の両名と鼎談をしたこともある仲だ。

岩井さんが初めて特撮に出合ったのは、1964年の『三大怪獣地球最大の決戦』まで遡る。

「僕は当時1歳だったので、相当早かったですね。『ウルトラQ』が始まったのが3歳くらいの時で、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』と続き、小学3年生で『帰ってきたウルトラマン』。当時は物語よりも怪獣に興味がありました」

そう述懐する岩井さんは、怪獣にある種の洗練された造形美を感じていたという。

「特に『ウルトラセブン』のキングジョー。腕と頭の位置が絶妙で、諸所に工夫が施されている。非常に洗練された造形ですよね。合体ロボの起源でもあると思うのですが、初めて見た時は衝撃でした。全体的に『ウルトラセブン』の怪獣造形は、子どもが楽しむレベルを超えています。サイケデリックで、岡本太郎や縄文土器にも通じる芸術性がある。アニメ『NARUTO』を観ていても影響を感じられますし、僕自身の根っこにもウルトラマンシリーズがあり、すごくいい影響を受けてきたと思います。どんなジャンルでも先駆者は偉大ですよね」

岩井少年が革新的な特撮作品に薫陶を受ける一方、大映が倒産し『ガメラ』シリーズは終了、「映画は斜陽産業」と言われる時代に。テレビが普及して映画が凋落していくさまを目のあたりにしてきた。そんな失意の岩井さんの心を埋めたのは、樋口さんが特撮監督を務めた平成ガメラシリーズだった。

「製作当時のいちばん尖った表現を駆使していて、ガメラが飛ぶ際の火力も説得力あるものになっていた。素晴らしかったですね。いちばん好きなのは『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』の渋谷駅のシーン。ガメラとギャオスの空中戦を人間目線で描いているのがすごい。2体は雲の上で戦っているから地上の人間には見えず、いきなり死体が渋谷駅に落ちてくる。ショッキングな演出でありながら、すごくリアリティがありました。この人(樋口さん)が今後の特撮界を引っ張っていくんだなと感じましたね」

その樋口監督とは95年頃に映画祭で知り合い、お互いサッカー好きということもあり、W杯を一緒に観る仲に。一方、庵野とは対談本の仕事が初対面。1時間の予定が、結局居酒屋にまで場所を移し、1日中話し続けた。初日に共鳴したふたりは、その後20年以上におよぶ盟友となる。2000年に劇場公開された庵野が監督を務める実写映画『式日』に岩井さんは主演として参加し、20年公開の自身の監督作『ラストレター』では庵野に出演してもらった。そんな間柄の岩井さんは庵野作品をどう見ているのだろうか。

「庵野さんは自分の中で譲らない職人気質なところがありつつ、同窓会的な『わかる人だけでいい』というのをよしとしない。迎合せずに自分のいちばんやりたいことをやった結果、大ヒット作を生み出す。その上でたくさんの期待を背負うことになった。”庵野秀明”という道を歩むことは、彼の宿命かもしれない。そんな風に僕は思っています」

岩井さんは『シン』という冠の付く作品についても、そうした庵野「らしさ」を感じている。

「ハリウッドだと『バットマン』シリーズや『アベンジャーズ』のように、原作ファンのみならず新規層を獲得し、かつ大人の観賞に堪えうる本格派の映画がありますが、日本ではどうしてもファン感謝祭になりがち。これまでずっとコアファンのニーズに応えるものばかりだったように思います。それを打破したのが『シン・ゴジラ』。本作を観た時に、ついに日本にもこういった作品が現れたと思いました。いままでのファン層を裏切ることになるかもしれない方向にあえて攻めることで、結果、より多くの人に受け入れられた。特撮という文化を確実に広げました。凄いことですよね」

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”真のウルトラマン”をふたりは目指すのでは?

岩井さんが「シン」という言葉を聞いた時に真っ先に思い出したのは、映画『シン・レッド・ライン』だった。ここでいうシンは「thin」=「狭い」という意味だ。「もしかしたら、より狭い部分を目指したところもあったかもしれないと。『シン』という言葉には『新』と『真』、さらに『thin』のトリプルミーニングがあるようにも思えます」

初代のウルトラマンそのものが復刻されるのは、実は本邦初。そんな『シン・ウルトラマン』にも岩井さんは期待を寄せる。

「樋口さん、庵野さんおふたりと知り合いなので、個人的にはすごく楽しみにしています。現在公開されている特報やスチールなどを見ると、35ミリフィルムで撮られていた初期の怪獣の姿を久しぶりに観られるのかな?とワクワクしています。ミニチュアセットと書割(かきわり)の空に怪獣しかいなくてもスケールを感じられた、子どもの頃に脳に刻み付けたイメージが蘇ってきますね。ただ、おふたりは本作を同窓会的なものにはせず、”真のウルトラマン”を目指すのではないでしょうか」

つまり、怪獣であっても、初代をベースに「当時のデザイナーはどんなビジョンで仕上げていったのか」と肉薄しながら再現していくのではないかと岩井さんは推察する。カラータイマーのないウルトラマンのデザインや、ネロンガやガボラといった怪獣の造形にも、そのような意志を見てとることもできる。

「アレンジをするにしても、『ここにもう一個付けたらカッコいいよね』ではなく、構造学的に『これだと頭が重いから、もう少し足に筋肉が必要』など、より本格的な分析の中からアイデアを生み出していくのではないでしょうか」

必然性とリアリティ。そしてオリジナルへの敬意。理解者ならではの着目点を反芻しつつ、『シン・ウルトラマン』が飛び立つ日を心して待ちたい。

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『式日』 (2000年)

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© 2000 F&A・STUDIO KAJINO

庵野秀明が監督、脚本を手がけた実写作品。出演は岩井俊二、藤谷文子など。映画監督として成功を収めたものの、創作意欲をなくした男が、「明日は、私の誕生日なの」と言い、奇妙な儀式をする女に出会う。不幸な家庭と過去の体験に絶望し、現実世界を隔離して生活を送る女の孤独な精神世界を描いた芸術性の高い作品。原作は、本作に出演もした藤谷文子による小説『逃避夢』。

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発売・販売元/ウォルト・ディズニー・ジャパン© 2000F&A・STUDIO KAJINO Blu- ray & DVD発売中

『ラストレター』 (2020年)

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© 2020「ラストレター」製作委員会

脚本、監督は岩井俊二。出演は松たか子、広瀬すずなど。庵野秀明は主人公の夫役で出演した。若くして亡くなった姉の死を知らせに同窓会に向かった妹は、姉本人と勘違いされた挙げ句、そこで初恋の相手と再会。人違いであることを言い出せず、小説家となった彼と手紙のやり取りを始める。手紙の行き違いをきっかけに始まったふたつの世代の男女の恋愛と、それぞれの心の再生と成長を描く物語。

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発売・販売元/東宝 © 2020「ラストレター」製作委員会 Blu-ray & DVD発売中 

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※この記事はPen 2022年6月号「ウルトラマンを見よ」特集より再編集した記事です。