身震いする世界と、いま黄色いGショックを着ける意味

  • 写真・文:ガンダーラ井上
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いつも見慣れた東京タワーから、破壊されたことでその存在を知ったキーウ(キエフ)のテレビ塔まではどれほど離れているのでしょうか? Google マップによると、その距離は10,856km。徒歩で87日と11時間あれば到着できるとのことです。推奨されたルートはシベリアを経由しているので、現実にはもっと多くの日程が必要となることでしょう。

私が今まで知っていたウクライナの都市名といえば、たったふたつしかありませんでした。ひとつ目のキーウ(キエフ)は、第二次世界大戦後に戦勝国のソビエト社会主義共和国連邦が接収した資材によって、戦前のドイツで生み出されたレンジファインダーカメラの傑作品であるコンタックスⅡ型およびⅢ型のクローン機が製造され続けた旧ウクライナ共和国の首都として。ふたつ目のオデーサ(オデッサ)は、モンタージュ技法の画期的な事例として取り上げられることも多いエイゼンシュテイン監督の映画「戦艦ポチョムキン」を高校の学園祭で見たことで記憶に刻まれています。たったふたつの都市名。それにつけ加えるなら、原子力発電所の事故処理を石棺と呼ばれる封じ込め構造物で行っているチョルノービリ(チェルノブイリ)村。その現場で培われた技術を実装したジンバル装置が、福島第一原子力発電所の使用済み核燃料プールに散乱した瓦礫の回収に役立っています。これくらいのことしか、ウクライナについて知らなかったのです。

2022年2月24日、独立した主権国家であるウクライナに対し、ロシアは軍事的侵攻を開始しました。それ以来、生身の人間が目の高さでファインダーを覗きながらシャッターを切った水平の視点にせよ、地球周回軌道上の衛星カメラが捉えるデータをリモートセンシングした垂直の視点にせよ、いずれも恐ろしいほどの解像度で撮影された数々の画像を、私たちは通信社や報道機関を通じて日々公開される戦地の状況としていつも通りの生活の中で見ることができます(閲覧できるのは民主主義国家に属する人間に限られているようですが)。

サポリージャ、マリウポリ、ハルキウ、ブチャ‥。私たちの住んでいる国から遠く離れたこれらの耳慣れない地名と一緒に流れ込んでくる衝撃的な画像。いまタブレット端末のスクリーンを見つめているこの場所から10,000 km以上も離れているとしても、同じ星の上で身震いするほどの不幸が起きているのです。この恐るべき状況に対し、同情と連帯の意思を示す方法は? そのシンプルな答えのひとつが、ウクライナの国旗の色である青と黄色を身につけることだと思います。東京都心の方々の服装を眺めてみれば、ほとんどが黒とベージュという印象です。だから、僕は今まであまり使うことのなかった黄色いGショックDW-5600を、青い衣類と一緒に身につけて出かけたりwebカメラの前に座ったりすることにしています。この悲劇を他人事とせずに注意を向けつづけるために…。

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ガンダーラ井上

ライター

1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。

1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。