前回の記事で、私たちは日々、根強いステレオタイプに基づく偏見に遭遇しているという話をしました。その偏見を打ち破る為には、様々なビジュアルを見ていくことが必要だと思います。
今回は、映画の世界でアジア人がどう表現されているかを振り返ることで、視覚的なステレオタイプを引き続き探求していきます。
ジーナ・デイビス研究所の調査によると、世界のメディア消費の80%は米国で制作されています。世界的なビジュアルコミュニケーションが限られた国だけで作られる場合、多様な文化について先入観や偏見をもたらす可能性があります。私たちが目にする映画やテレビの中の物語は、他者や自分自身に対する認識に影響を与えるだけではなく、私たちの夢や可能性を制限してしまうかもしれません。
映画やテレビで、アジア人の物語は古くから語られ続けています。その表現方法を見ると、アジア人は脇役に過ぎず、ステレオタイプ的に、従順な市民、性的に魅力的でミステリアスな女性、数学に強い、成績が良い、オタク等として描かれることが大半です。
これらは、ハリウッドが表現する、アジア人やそのコミュニティに関する有害な描写のほんの一部に過ぎません。米国で行った他の調査によると、2019年の興行収入上位100作品に登場するAPI (アジア人、アジア系アメリカ人、太平洋諸島人)の登場人物の4分の1以上が、映画の終わりには死んでいたそうです。
最近では、2022年の『THE BATMAN-ザ・バットマン-』で、作品に登場するたった一人のアジア人キャラクターが、地下鉄で暴行を受け、バットマンに助けられるシーンがありました。このような描写はアジア人に対するヘイトクライム急増への引き金になり得ます。
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“文化の鑑賞”なのか、“文化の盗用なのか”という微妙な壁
たとえ善意であっても、個々のアジアの国の文化に対する認識が甘く、混同され、俳優や時代などの設定が物語にマッチしないことも問題になります。
たとえば、米国で大ヒットした映画『クレイジー・リッチ!』は、主要キャストにアジア系の俳優のみを起用し、ハリウッドに多様性をもたらす作品として称賛されました。
しかし実際には、シンガポール文化の描写の偏りやアジア人を単純化しすぎる、など様々な批判から、アジア市場では米国と同様な評価を受けることができませんでした。
シンガポールを舞台にした作品であるにもかかわらず、登場人物全員が裕福な中国系シンガポール人で、この国の人口の多くを占めるマレー系やインド系が出てこない。シンガポール人をはじめとする東南アジア系の俳優はほとんど採用されず、おもに中国系の俳優に偏っている。劇中で話される英語の大部分が、シングリッシュ(※シンガポール英語)ではなく、アメリカ英語やイギリス英語である、などが挙げられます。
日本においては、2016年の『シン・ゴジラ』で日系アメリカ人を演じた日本人俳優の英語がネイティブレベルにはほど遠い。最近ではベトナム人キャラクターをベトナム人の俳優が演じていないドラマがあったりなどの例が挙げられます。
このような見せかけの表現は、当事者やそのコミュニティにポジティブな影響を与えられるかは疑問です。
異文化を表現する際に、文化の鑑賞なのか、あるいは文化の盗用なのかという微妙な壁にぶつかります。
『キル・ビル』や『カンフーパンダ』のようなマーシャルアーツ映画に影響を受けた作品は、特定の文化へのラブレターであるといえ、文化の鑑賞として理解することができるでしょう。
これらは、日本や中国の文化を再現しようとするのではなく、自分たちの欠点を知り、マーシャルアーツの魅力に焦点を当てた誠実な解釈であるため、日本や中国本土などでそれぞれ好評を博したといえます。
一方、文化の盗用とは、ある文化に対して有益な見返りを与えることなく、その文化を不適切に利用すること。『カンフーパンダ』に比べ、『ラーヤと龍の王国』は東南アジアの人々の間で評判が悪く、食べ物をはじめとするアジア地域の文化をごちゃ混ぜにした作品であるといった強い非難を浴びました。つまり、特定の文化へのラブレターではなく、アジア人の実体験を元にしていない、外国人視点の作品であり、侮辱的と捉えられてしまう可能性もあります。
このような問題は、東南アジアを拠点とする制作チームが参加することで、その文化の歴史的背景や、その文化を軽蔑していないかなど、当事者の視点で確認し、解決できたはずです。
アジア人の人間性を無視したり、消したり、馬鹿にしたりするストーリーは、アジア人が現実世界でどのように認識され、扱われるかのステレオタイプを作りあげ、差別にもつながります。アジアの社会や人々が、いかに多様で多次元的であるかをビジュアルできちんと表現すること、そしてこれまで疎外されてきたアジア人をさらに多様に、多次元的ビジュアル化することで、現在そして将来にわたって偏見を減らすことができるはずです。
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アジア文化の表現を考えるうえで重要なポイントとは?
1.本物のアジア文化が表現されているでしょうか?
アジア文化を他の文化圏の人々がビジュアル化する場合、部外者目線のアジア文化として捉えられてしまう傾向があります。そのためアジア人のクリエイターや、その文化に精通する人々の視点が反映されることが重要であるといえます。
『ラーヤと龍の王国』のような最近の大作映画が、アジア文化を単純化しているのに対し、『フェアウェル』や『シャン・チー/テン・リングスの伝説』は描写方法が完璧とはいえないものの、制作の舞台裏でも、キャスティングでもアジア系アメリカ人の体験や意見が反映されているといえます。
最近話題になった映画やテレビドラマ、『私ときどきレッサーパンダ』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ベビー・シッターズ・クラブ』などは、アジア文化を物語のキーとなるようにうまくストーリーに組み込んだ良い例と言えます。
2.アジア系という事実を超えてアジア人を表現しているのでしょうか?
最近、アジア系の俳優が、たまたまアジア人のキャラクターを演じるケースが少しずつですが増えています。
映画『search/サーチ』では、韓国系アメリカ人俳優のジョン・チョーが行方不明の娘を探そうとする父親を演じました。また、テレビドラマ『キリング・イヴ/Killing Eve』では韓国系カナダ人俳優のサンドラ・オーが元MI5局員を演じるといった例が挙げられます。
ポイントは、彼らがアジア人であるという事実が、役柄や映画の主題ではない点。こういった作品の登場人物は、ほかの人種であってもおかしくないのですが、“たまたま”アジアにルーツを持つ人々だったということです。多様な背景を持つ人物が登場する魅力的な物語であれば、多くの地域で認識され、理解されるということを証明しています。
3.より多様なアジア社会を表現しているでしょうか?
様々な民族を代表する人々(多民族や先住民族を含む))、異なる社会経済的背景を持つ人々、障害を持つ人々が重層的に描写されているでしょうか?
たとえば、韓国の社会的不平等や社会経済的背景を描いた、『パラサイト 半地下の家族』や『イカゲーム』、タイの複雑な文化規範や階級制度を扱った『転校生ナノ』など、当事者目線で作られたローカルコンテンツが国内外で広く視聴され、受けいれられているのは良い兆候だといえます。
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アジア人の描かれ方が新鮮だった最近の作品
ニュージーランドのテレビシリーズ『Creamerie』 ※日本未公開
謎のウイルスにより女性だけの世界になったニュージーランドを舞台に、主人公である3人の中国系ニュージーランド人の女性達をコミカルに捉えています。
カナダのテレビシリーズ『Sort of』 ※日本未公開
パキスタン系カナダ人のジェンダーフルイドなミレニアル世代のサビが、バーテンダーやベビーシッターとして様々なアイデンティティをまたいでいく様子が描かれています。
アメリカのテレビシリーズ『インセキュア』
大多数のキャストがアフリカ系の中で、唯一のアジア人がアンドリュー。アジア人男性に長年つきまとってきた、“空手の達人”“数学オタク”“性的な魅力がない”といった固定観念を払拭する一面を見せてくれました。
Apple TV+のオリジナルコンテンツ『パチンコ』
今まであまり語られることがなかった在日コリアンディアスポラに関するストーリーが3世代にわたって描かれています。その登場人物たちが、エピソードの展開とともにどのように描写されていくのかに期待しています。
ますます複雑になっている、ビジュアル制作の舞台裏
Getty Imagesで行った最新のVisual GPS調査結果によると、日常的に目にする広告などに多様性が正確にあらわされていると感じる消費者は、世界ではわずか14%、日本では3%です。しかも世界の2人に1人(日本は10人に7人)が、メディアや広告の中には、自分のような人や共感できるライフスタイルが反映されていないと感じており、日々目にするビジュアルと自分自身が結びつかないと考えていることがわかりました。
したがって、アジア人の描写だけではなく、すべての表現が重要であり、映画やテレビシリーズ、広告を見る際には、このことを念頭に置く必要があります。ビジュアル制作の舞台裏は、キャスティング、カラリズム、だれがどのストーリーを伝える権利を持っているかなど、ますます複雑になってきています。
これから先、映画、テレビシリーズ、広告などを見る際に、物語の背景を理解したうえで、登場人物たちがどのように描写されているかを評価してみてください。
たとえば、現在話題になっている映画『Coda コーダ あいのうた』、『ウエスト・サイド・ストーリー』、『リコリス・ピザ』、『ミラベルと魔法だらけの家』、『ドライブ・マイ・カー』などにおいて、人種、文化、障害、歴史的背景、社会経済的背景などがどのように描かれているでしょうか?
観客や消費者もそれを理解することで、その意味を分析し、それが私たちの知覚にどのように影響するかを学び、その過程で私たち自身の偏見を理解する必要があるといえます。
連載記事
Getty Images/iStock クリエイティブ・インサイト マネージャー
ビジュアルメディアの学歴を持ち、映画業界に従事。2016年からはGetty Images/iStockのクリエイティブチームに所属。世界中のデータや事例をもとに、広告におけるビジュアルの動向をまとめた「Creative Insights」を発信。多くのクリエイターをサポートしながら、インスピレーションに満ちたイメージ作りを目指している。
ビジュアルメディアの学歴を持ち、映画業界に従事。2016年からはGetty Images/iStockのクリエイティブチームに所属。世界中のデータや事例をもとに、広告におけるビジュアルの動向をまとめた「Creative Insights」を発信。多くのクリエイターをサポートしながら、インスピレーションに満ちたイメージ作りを目指している。