【Penが選んだ、今月の音楽】
『ブラック・レディオ 3』
パンデミックに苦しむ世界をさらなる暗闇へ突き落とした、ロシア軍によるウクライナ侵攻。突然の闇を照らす一条の光となったのが、世界中で湧き上がった反戦の声の波だった。ロシア国内でも「沈黙は共犯」とばかりに、市井の人々が命の危険を顧みずに自国の蛮行へ反対の声を上げた。その勇気には脱帽するばかりだ。
今回、世界が再認識した「声」のチカラや重要性に10年も前に着目し、自らの作品に活用したのがジャズの革命児と謳われるピアニスト/作編曲家、ロバート・グラスパーだった。第55回グラミー賞で最優秀R&Bアルバム賞に輝いた2012年の作品『ブラック・レディオ』は、ジャズの拡張を試み、R&Bやヒップホップと融合させた革命作だが、歌やラップを取り込みながらブラック・ミュージックの粋を音に刻んだ革新性は世界に衝撃を与えるものだった。この作品のコンセプトとなったのが、航空事故の原因究明のために搭載されるブラックボックスと呼ばれるフライトデータレコーダー。アフリカ系アメリカ人が直面する社会や人種の問題を詞に託して音楽に記録し、時代に問い、後世にも継承する野心的試みは見事に成功する。
シリーズ第3弾となる『ブラック・レディオ3』にもまた、これまで以上に豪華で多彩な個性的な声が集結。R&B色を増したミディアム/スローを中心に、コモンやレイラ・ハサウェイといった常連組、D・スモークやタイ・ダラー・サインなどの次世代スター、さらにはグレゴリー・ポーター、エスペランサ・スポルディングというジャズ・ボーカリストもシリーズ初招集されながら、魅力的な声で歌やラップを披露する。静謐な和音を繰り返すグラスパーも、ソロを控え、内省的な演奏に終始。結果、歌も演奏も声の魅力が際立つ、匠の技を集めたような作品となった。
大きな声で論破する現代の風潮を揶揄するような痛快な秀作だ。
※この記事はPen 2022年5月号より再編集した記事です。