【北千住】雀荘の扉を開けると、そこはブレードランナーなバー空間

  • 文:森一起:
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北千住の街の底知れない魅力に瞠目したのは、まだコロナが訪れる前、本誌であるPenの酒場特集でじっくりと北千住の街を歩き回った時だ。最初、編集者から声が掛かった時、僕は立石を紹介しようと思っていた。しかし、「ちょっとおっかなくて、自分的には無理なんです」のひと言で、街をアレンジ。僕と編集、2人のベクトルが交錯したのは昔ながらの宿場町、北千住だった。

立石から、そんなに遠くないのにもかかわらず2つの街は全く違うムードと風合いを持っている。例えば、立石の内臓は豚肉だが、北千住では牛肉。同じく煮込みと言っても、材料も味付けも異なっている。そして、人の風情も立石のハードボイルドに対して、北千住は刑事コロンボ。しっかりとした主張はあるが、どこまでも人懐こい。そんな北千住の懐に飛び込む上京組が多いのも、なんとなくうなづける。今回の主人公、ウチナンチュの當山さんもそんな1人だ。

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ここが新しいバーの入口だと気付く人はまずいないだろう。禁酒法時代のスピークイージー的なアプローチから、酒場のワクワク感が始まる。

北千住駅からほど近く、マクドナルドの角を曲がった途端に広がる歓楽街。東京を代表する串カツ屋や、良心的でリーズナブルな居酒屋を過ぎると、道の左右にはいつまでも飲み屋やガールズバー、クラフトビール屋と、様々な業種の飲食店が軒を連ねる。そんな中、昭和そのものの雀荘を見つけたら、そこが今回の舞台、ジャンソーアタルだ。

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「雀荘 登美」と描かれたオーニング(日除け)付きの入口、どこからどう見ても雀荘だ。扉を開けると急な階段が現れ、「→麻雀」というプラスチック看板。恐る恐るドアを開けると、突然無国籍で近未来なバー空間が広がる。この光景は、80年代のSFの名作ブレードランナーの冒頭の街に似ている。酸性雨が降りしきる街の屋台で、店主が主人公に「2つで充分ですよ」と何度も繰り返す、中国なのか日本なのか分からない街角、確か設定は2019年だった。今、渋谷の駅前は映画そのものの光景だが、ここはもっとブレードランナーだ。

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雀卓が埋め込まれたテーブルで中華風のメニューと、和風な小皿。出されるメニューは、ラム肉や焼きビーフン、楽し過ぎる時間の始まりだ。

雀荘當(ジャンソーアタル)という麻雀牌を模したネオン、テーブルに座ると色鮮やかな雀卓が埋め込まれている。この感覚はブレードランナーが封切られた頃の東京にあって、コンプライアンス流行りの今の街には無くなった何かだ。やばい程の色気と、いい意味でのいかがわしさ。九州生まれの僕は、あの頃の東京にドキドキしていた。いちばん南の九州である沖縄生まれの店主もきっと、ひと昔前のあのムードや、食べ物、ドリンクに愛着があるのだろう。

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数多い自然派ワインの中でも、親しみやすく誰にでも愛されるムーニー。人気ゆえに飲める店はそう多くないが、まさかここで出会えるなんて…。

しかし、出される酒はしっかり現代を体現している。まさかこの雰囲気の中で、ダニエーレ・ピッチニンのビアンコ・ムーニーを飲める日が来るなんて、きっと誰も想像しなかっただろう。無国籍な内装の中で注がれる自然派ワインは新たな魅力で輝いている。ふとバーカウンターを見ると、奄美の黒糖焼酎やジンなど、趣向を凝らしたボトルが並んでいる。

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ドリンクカウンターに並ぶ酒たちも、ひとくせある飲んべ必殺のアイテムばかり。2軒目づかいで、じっくり酒を楽しむのもいいかもしれない。

2015年の秋、入谷の路地裏にオープンした「暮ラシノ呑処オオイリヤ」。店主の當山さんはその後北千住に「アタル」、「タチアタル」を次々とオープン。北千住での3軒目が「ジャンソーアタル(雀荘當)」だ。ウチナンチュの彼は、どうして北千住の街に惹かれたのだろう。

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中央にある鉄板で手際よく調理されるスパイスラム焼き(880円)は、クミンの風味がラムの滋味を引き立てている。

「昔ながらの雑多な雰囲気の中に多種多様な人が混じり合っている、この街の風情が大好きです。有名な老舗もあれば、若い人が頑張ってる店もある。下町なのに、ちっとも閉鎖的なところがなくて、地元の人じゃなくても受け入れてくれる。北千住の街に流れる自由な空気は、東京でも特別です」。當山さんがサーブするクミン風味のラム鉄板焼きの向こうに、北千住の眩しい未来が透けて見えた。

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ビーフンをつまみに飲む、というのも新しい提案かもしれない。つまみながら、同時に軽い食事にもなる一石二鳥の新アレンジ。

早くも名物になっているのが、焼きビーフン。ニラビーフンを頼むと、ジェノーベーゼ風のソース自体がニラ風味、そこに溜まり醤油の旨味と胡桃の香ばしさが加わって、どんどん酒が進む。ワインからオリジナルドリンクにシフトすると、燻塩レモンサワーや金子コーラ酎、自家製アイリッシュコーヒーなど飲んべ心を誘うメニューが目白押しだ。そのほか、インテリアだけでなく、ドリンクにもひと昔前の流行りのリバイバルは活かされている。

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グラスの禄に燻製塩を付けたソルティドッグ風の燻塩レモンサワー(650円)は、いくらでも飲めてしまう危険なサワー。

昔のダイニングバーの定番だったブルーキュラソーや、ジンフィーターを使った懐かしくて新しいサワーたち。青のレモンサワーはブルーキュラソーにレモンを搾り、ジンジャーレモンサワーはジンフィーターに生姜やスパイスを漬け込んでいる。日本のいちばん南からやってきたグルーヴが、東京の東に新たなエネルギーを注ぎ込んでいる。たくさんの大学も引っ越してきて、若い活気に溢れる宿場町は一層の活気で包まれるに違いない。

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外に見える北千住の通りが異国の風景に見えてくる、無国籍なバー空間は開店と同時に都会の隠れ家を求める人たちでいっぱいになる。

同じく東京イーストにありながら、東京の酒都と言われる立石の陰に立ち、数々の名店を擁しながら今ひとつおとなしい印象を与えがちな街、北千住。それは同時に、誰にでも入りやすい敷居の低さの証明かもしれない。そんな街で、「街にないもの」「何より自分が行きたい店」を追求する南からの刺客は、これからもどんどん刺激的なチャレンジを魅せてくれるに違いない。島を吹き抜けて行く、南風(パイカジ)のメロディーを軽やかに響かせながら…。

ジャンソーアタル

東京都足立区千住1-33-11 上野ビル 2F

03-5284-9010

森 一起

文筆家

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。

森 一起

文筆家

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。