この数年の間に家周辺で過ごす生活が広がり、フォーマルな装いとはすっかり縁遠い社会になった。週末のアウトドアウエアを日常でも愛用したり、柔らかく快適な服をよく着ている人も多いだろう。でもさすがに、リラックスした服装の時代が長く続きすぎたようだ。今春は大人服の代表であるテーラードジャケットが気になって仕方ない。その気分はいわば、「洒落心の復権」。現代のキーワードであるダイバーシティ、ジェンダーレス、古着、ストリートを通過した先にある、新しい男性の装いを知りたい。テーラードに再び袖を通したとき、“一昔前のおじさん”にならないように。そこで今回のファッション連載「着る/知る」は、前回に続きファッション業界で働く男たちにご登場いただいた。ヨーロッパからアメリカまでのメンズエレガンスを深く知る、アラフォー世代の3名。彼らが私物でコーディネートする今春のスタイルから、私たちが参考にできる着こなしのヒントを見つけ出そう。
宮本哲明/MIYAMOTO SPICE 代表
正統派テーラードをジャンプスーツで着崩す
ワークウエアの上にテーラードを羽織った着崩しコーディネート。色を都会的なモノトーンでまとめ、インナーのTシャツとスニーカーで色を差してアクセントに。キャップでさらにスポーティな味わいを加え、若々しくモダンな印象に仕上げている。
長身を活かした着こなしを披露してくれたのは、アポイント制ショールーム兼ショップ「BLANDET SHOWROOM&STORE」を運営し、自身のブランドジャケットのディレクターでもある宮本哲明。今回彼が着ているテーラードもジャケットのものだ。
「タキシードのルーツになった20〜30年代の英国ジャケットを元に、3年前につくった定番です。大人が着崩して着るテーラードは、正統派がいいと思うんですよ。その服に背景があればどのように着てもカジュアルになりすぎませんから」
テーラード自体をカジュアルにするのでなく、合わせる服で遊ぶのが着こなしのコツのようだ。
もうひとつ宮本さんが今春に注目しているのが、「付け足す」着方だ。
「いまあるものを使い、そこに足す装いが気になってます。今回はジャケットにバッジやアクセサリーをつけ、腕にひとクセあるウォッチをはめて装飾的に。色のあるアイテムを身につけるのもいいですし、着ることを楽しむ考え方が広がってくれたらいいな、と思っています」
気分が上がる服装は人それぞれだが、着飾るのもひとつのやり方。ラフなリラックススタイルに飽きてきた人こそ、自分流ドレスアップにチャレンジしてみよう。
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安武俊宏/ビームス プレスチーフ
イタリアのサルト、古着、若手デザイナーズを自在にミックス
ブラウン系の色調で、どことなく70年代風。でもアイテム単品はモダンな感性に満ちて、組み合わせた全体像は無国籍スタイル。ビームスのプレススタッフを束ねてファッションに囲まれる日常を過ごす安武俊宏の今春は、まず色彩が大切な要素のようだ。
「いまはベージュ系の色が好きで、今回のジャケットの着こなしもそこをベースに考えました。ジャケットはナポリのダルクオーレのオーダーメイド品です。7~8年前に先輩に譲ってもらったもので、3年ほど前から着丈の長さなどが時代に合うと感じて着はじめました。着心地も抜群にいいからつい着てしまう服です」
このコーディネートで何気なくポイントになるのがTシャツである。
「身頃がベージュで襟がブラウンなのに惹かれて購入したウェールズ ボナーです。インナーを白Tシャツにしていたら、トーンが揃わなかったと思います」
モード界が熱い目線を注ぐ、イギリスの若手女性デザイナーのTシャツをさらりと取り入れる自由さが、現代的な着こなしを生んでいる。
「今春らしさを出す色でお薦めなのは、オフホワイト系のベージュ。例えばワークウエアのベイカーパンツでもベージュなら、ジャケットとの組み合わせがよく合うでしょう。上下が白の着方も気になってますね」
と安武さん。
「季節感を意識した、春色を着ることを大人の皆さんにご提案したいです」
とも語る彼の装いには、ニットキャップ、伊達メガネといったすぐ取り入れやすいポイントが満載だ。
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大橋崇弘/SDI 営業部長
キーワードは、ブレザー、フレンチ、着飾る
輸入代理店SDIに勤めてイザイアやマリネッラ ナポリらのクラシコ・イタリアに携わり、自らが探し出したイギリスの若手インディーズの服も仕入れる、ファッション愛溢れる大橋崇弘。彼の今春の服装は、ブレザーを軸にしたスタイル。胸にチーフを差してドレッシーにしつつ、プリントTシャツと赤いスニーカーでドレスダウン。従来のメンズクラシックとは一線を画すジェンダーレスな感性も漂う着こなしだ。
「世の中でカジュアル化が進み、テーラードを無理に着なくていい時代になりました。だからこそいまはむしろ、着飾りたくて仕方ありません。髪も頑張って長髪にしました(笑)」
着飾る気分は、この記事の冒頭に登場した宮本さんと共通する感覚である。大橋さんの場合はフレンチテイストに方向性が傾いているようだ。
「ブレザーはビンテージのピエール・カルダン。4〜5年ほど前に購入した品です。肩先が盛り上がったコンケーブドショルダーなのがカッコよくて。イタリアのジャケットと比べると着心地がよくないんですが、その収まりの悪さも“着飾ってる感”に思えていいんです」
「テーラードのジャンルではブレザーが近年のトレンドアイテムで、いろいろと出回っています。そのなかでフレンチ、またはイギリス調を選ぶのがひとつのやり方でしょう。肩線がエレガントだから古着の軍パンを穿いても洒落ますし、新鮮な着方ができると思います」
確かに大人世代だとブレザーといえばアメリカントラッド、またはイタリアンクラシックが頭に浮かぶもの。そこをあえて外すことでファッションへの新しい道が開けてくるのかもしれない。
このたび新しい着こなしを披露してくれた3名は、ファッションを広めることに熱い思いを持つプロフェッショナルたち。会社勤めの経験が長く目線に社会性がある点も、彼らにご登場いただいた理由のひとつである。この記事をご覧になった皆さんがテーラードを“ファッション”にするヒントを得られたなら、すぐにトライして今春の日々を謳歌しよう。
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ファッションレポーター/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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