戦後の物資の乏しい時代から特撮に携わり、デザイナーや特撮美術監督として活躍した井上泰幸(1922〜2012年)。「ゴジラ」をはじめ、「空の大怪獣ラドン」や「キングコング対ゴジラ」などの怪獣映画、 それに「日本沈没」や「惑星大戦争」といったSF作品を手がけ、日本映画・TV史に重要な位置を占めている。いまも「シン・ゴジラ」の庵野秀明や「シン・ウルトラマン」の樋口真嗣など、多くのクリエイターに影響を与え続けている特撮界の巨人と言って良い。
東京都現代美術館で開催中の『生誕100年特撮美術監督 井上泰幸展』は、作り手としての井上と作品に焦点をあてた展覧会だ。会場には井上の遺したスケッチ、デザイン画、絵コンテをはじめ、記録写真や資料、撮影で使用したミニチュアなど実に約500点にも及ぶ作品と資料が公開されている。1953年に新東宝にてキャリアをスタートし、東宝時代を通じて円谷英二を支え、アルファ企画を設立してTVコマーシャルなどにも仕事を広げた井上の活動は、もはや日本の特撮の歴史そのもの。その全貌が壮大なスケールの展示にて明らかにされている。
一連の膨大な作品を前にして感じるのは、井上が特撮美術を生み出すのに際して、とても綿密なプランを練っていることだ。ミニチュアセットが完成画面を決める重要な要素となると考えた井上は、独自に画面を想定したイメージボードや絵コンテを作成すると、セットやミニチュアを先行して発注するなどして制作方法を確立。また図面や予算管理、スタッフ配置に目を配り、スケジュール表などで進行を管理した手法は「井上式セット設計」とも呼ばれ、優秀なスタッフを導きつつ、高いクオリティを持つ特撮美術セットを生み出すことに成功した。そうした取り組みからは井上の独創的なアイデアとともに、高いマネジメント力を見ることができる。
ラストのアトリウム空間では、井上の愛弟子であった特撮研究所の三池敏夫が映画「空の大怪獣ラドン」の舞台となった西鉄福岡駅周辺のミニチュアセットを再現。老舗のマーブリングファイン アーツがミニチュアの制作を担い、「雲の魔術師」とも称される島倉二千六が背景画を手がけるなど、井上が昭和に築いた世界を令和の技術にて蘇らせている。怒涛のごとく展開する作品を追っていると1時間や2時間はあっという間だが、井上の長きにわたる活躍を踏まえれば当然の質と量とも言える。井上が特撮にかけた情熱すら感じられる展覧会を見逃さないようにしたい。
『生誕100年特撮美術監督 井上泰幸展』
開催期間:2022年3月19日(土)〜6月19日(日)
開催場所:東京都現代美術館 企画展示室 地下2F
東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時~18時 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月
入場料:一般¥1,700(税込)
※予約優先チケットあり。臨時休館や展覧会会期の変更、入場制限などが行われる場合があります。事前にお確かめください。
https://www.mot-art-museum.jp