「大人の名品図鑑」ジャズの巨人編 #2
アメリカのニューオリンズが誕生の地と言われるジャズ。「スイング」「ビバップ」「フリー」など、めまぐるしくスタイルを変えながら何度も黄金期を迎え、その流行は世界的なものになった。今回はそんな歴史をもつジャズ界の巨人たちが身につけた名品を辿る。
ジャズの歴史を語る上で欠かすことのできないミュージシャンはチャーリー・パーカーと見て間違いないだろう。40年代半ばに起こったジャズの即興スタイルである「ビバップ」をディジー・ガレスビーとともに生み出し、ジャズの表現を飛躍的に進化させた人物。現在世界中で演奏されているジャズの根幹を形づくったのが、チャーリー・パーカーだ。
1920年、カンザス州カンザスシティで生まれたチャーリー・パーカー。11歳のときに母親からプレゼントされたアルト・サックスが、ジャズに染まるきっかけに。35年にハイスクールを退学すると、チャーリーはすぐにプロとして演奏をしだし、40年にカンザスを訪れていたディジー・ガレスビーに出会う。ルイ・アームストロングは彼の即興的な演奏を「チャイニーズ・ミュージック、つまり訳のわからない音楽」と評したが、その場所でしか聞けないといういわば事件性を持った彼の演奏は人気を呼び、彼の愛称を冠したジャズクラブ「バードランド」をニューヨーク52番地に開くまでになる。「バード(Bird)」の愛称は、彼のチキン好きを称して、あるいは彼がはねてしまった鶏を食べてしまったとか、由来は諸説ある。
当時の多くのジャズ奏者と同じく、薬物を摂取して演奏することがほとんどで、薬が切れると錯乱状態になり病院に収容されこともあった。1955年、ニューヨークのセントラルパーク近くのホテルで亡くなったときはわずか35歳。その悲劇的な人生はクリント・イーストウッドが監督を務めた『BIRD』(88年)で克明に描かれていたが、亡くなったときに駆けつけた検視官が彼の亡骸を見て、年齢を60代と推察する。それほど病んでいたのだろう。チャーリーが乗り移ったように見えるフォレスト・ウィテカーの演技が見事だ。
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チャーリー・パーカーのスーツスタイル
「初期のジャズ・ミュージシャンたちの多くは服装に凝っていた。ぱりっとした服装はそのまま成熟と成功を意味していた。おかげでジャズマンたちの収入のかなり大きな部分がワードローブ充実のために費やされることになった。何人かのミュージシャンたちの着こなしがあまりにも見事だったので、ファッションの流行にも影響を与えた」。
ジャズミュージシャンで、ジャズの評論を書いていたビル・クロウは『ジャズ・アネクドーツ』(新潮文庫)のなかで当時のジャズマンのファッション事情をこう綴る。ウェブサイト「Jazz Tokyo」の連載「ジャズ・ア・ラ・モード」で竹村洋子さんは「30〜50年代、ファッションも大きく変化、スーツも広い肩幅でたっぷりしたシルエット。パンツも広幅でたっぷりした『ズートスーツ』が好まれた。バードもそんなスーツを着ていた一人だった」と書いている。
竹村さんが書く「ズートスーツ」とは、スーツの変換期に登場した流行のスタイル。ファッション史的には着丈が長く、ゆったりとしたジャケットに、同じくゆったりとして先細りになったパンツを組み合わせたスーツだ。『BIRD』を観ると、チャーリーはそこまで先鋭的なスーツを着ていなかったようにも見えるが、ビル・クロウは同書で駆け出しのチャーリーの様子を書いている。
「その男は無賃乗車でシカゴに着いたばかりだった。─中略─サックスを手にすると、よれよれの格好のまま演奏を始めた。アール・ハインズ軍団のサックス奏者はグーンっていう奴だったが、真っ青になってひっくり返ってしまった。俺たちはそいつに新しいシャツを着せ、サックスを与え、その場でステージに引っ張り上げた」。男はチャーリー。演奏することに夢中で服装には気を遣っていなかったのだろう、同書には、足を痛めたチャーリーが靴なしで、靴下のまま舞台に立った話まで載っている。
そんなチャーリーだったが、ニューヨークで演奏するころになると見事なスーツを着こなすようになる。「バードは細縞のダブルを着ていて、ワイシャツもきれいだし、ネクタイもしている。彼にスポーツ・シャツは似合わないのだ」と、あの植草甚一が『バードとかれの仲間たち』(晶文社)のなかで1940年代にロン・ラッセルの記事を引用している。
当時のチャーリーのイメージを想像できるスーツがある。イタリアのカルーゾがデザインした「ゼロ・ドロップ」だ。カルーゾは1950年代にナポリ出身のテーラー、ラファエロ・カルーゾが創業したブランドで、パルマ近郊ソラーニャに工場を構え、自社ブランドだけでなく、世界の有名ブランドのスーツを製作し、世界的に知られるブランドだ。「ゼロ・ドロップ」と呼ばれるモデルは、絞られていないウエストがいちばんの特徴。ゆったりしたシルエットが極上の素材、美しく精緻な仕立てと相まって、エレガントな雰囲気を醸し出す。天才チャーリー・パーカーがこのスーツを着てサックスを吹いたら、さぞや洒落て見えたろう。
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