世代を超えて愛され続けてきた名作椅子の数々。座面の張り替えで指折りの技術をもつ坂本茂さんに、修理の観点から名作が名作たるゆえんを訊いた。
1950年の発売以来、世界中で愛好されているハンス・J・ウェグナーの「CH24」、通称「Yチェア」。また、ウェグナーほどの知名度はないが、同時代にデンマークの家具製作を牽引したニールス・O・モラーの「№77」。北欧デザインの粋を極めるこの2脚は、ともにペーパーコードを端正に編み込んだダイニングチェアのロングセラーだ。
かつて、Yチェアの販売元であるカール・ハンセン&サンの日本法人に20年以上勤務し、現在はオリジナルの木工家具の製作と修理を手がける坂本茂さん。彼の工房には、擦り切れてたわんだ古いペーパーコードの張り替えを求めて、ウェグナーなどの名品が次々と持ち込まれてくる。Yチェアや№77はほとんどの部材が機械加工だが、座編みに関しては熟練した職人の為せる技。編み具合によって座り心地が大きく左右される椅子でもある。坂本さんはペーパーコード張りに30年の経験があり、模倣品の流通を防ぐためにYチェアの立体商標登録に尽力した経歴をもつ、いわば直系のマイスター。その速さと正確さ、仕上がりの美しさは世界でも指折りだ。
Yチェアの構造について坂本さんは「リズムがある」と言う。弧を描くアームが有機的な後脚と接続する姿。しなやかで軽快なY字の背板。真横から見ると、アームと座枠、脚部の貫ぬきが、絶妙な角度で傾斜してバランスを取る。坂本さんはフォルムと向き合い、一定のテンポでコードを縦横に巻き進めていく。1脚の張り替え作業はおよそ1時間だ。
「最初から最後まで同じテンションをかけて編み続けることが大切。緩まないよう、少し押しつぶすようにコードを詰めます」
糸1本通らないほど隙間なく張り終えたら、工房のネームタグを編み地の内側に忍ばせる。自分が修理を手がけたことの証しだ。張りたての座面はこんもりして艶があり、心なしか輝いて見える。座ると適度な跳ね返りがあり、椅子が生まれ変わったのを感じる。
「新しいものを名作とは言わないですよね。何度でも直して使いたい人がいるのが名作。だから修理できるデザインであることが大前提。この椅子も次に張り替えられるまで、どれだけ長くよい状態を保てるだろうかと考えながら編んでいます」
彼のような職人たちの手仕事が介在するからこそ、愛されるデザインが真の名作として受け継がれていくのだろう。
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CH24(Yチェア)/ハンス・J・ウェグナー
デンマークを代表する家具デザイナー、ハンス・J・ウェグナーが生涯にわたり手がけた500脚以上の椅子。そのうち最も多く製造されたのが、1950年にカール・ハンセン&サンから「CH24」の製品番号で発売された通称「Yチェア」だ。ウェグナーは、中国・明の時代の椅子をヒントにした「チャイニーズチェア」をフリッツ・ハンセンから発表、それをもとに機械加工の量産品へと発展させたのが、Yチェアである。特徴的なY字の背板の形状から、アメリカなどでは鳥の鎖骨を意味する「ウィッシュボーンチェア」とも呼ばれる。製造された数十年の間に製品ごとに若干の差異が生じたが、2003年にオリジナル図面に戻す作業を実施。その際、欧米向けに座高が2㎝高いタイプをオリジナルと並行して発売したが、16年にはすべて欧米サイズへと統一された。
No.77/ニールス・O・モラー
デンマークではYチェアと1、2を競う人気を誇る、J.L.モラー社製「No.77」。創業者のニールス・O・モラーは、家具のデザインから製造までを自らが一貫して手がける職人気質で、定番のダイニングチェアに焦点を当てた地道なものづくりを徹底。ウェグナーほどその名を知られていないが、実はレストランなどでの導入率は高く、1959年に発売されたNo.77をはじめ、さまざまなバリエーションがロングセラーとなっている。貫のない極限までのシンプルな構造が特徴で、そのぶん座枠と脚の接合部は頑丈。背もたれの笠木と後脚の彫刻的なフォルムが際立ち、手仕事による個体差も見られるのが興味深い。座面は革張りタイプもあるが、ペーパーコードの編み座は日本でも人気が高く、縦糸と横糸を互い違いに渡す平編みが用いられている。
坂本 茂
1961年、長野県生まれ。木工デザイナー。90年にカール・ハンセン&サン ジャパンの前身であるディー・サインに入社。2014年に退社後、sim design設立。15年、工芸都市高岡クラフトコンペでファクトリークラフト部門グランプリ受賞。共著に『名作椅子の解体新書』(誠文堂新光社)など。www.simdesign.jp