【Penが選んだ、今月の音楽】
『ドーン・エフエム(オルタネイト・ワールド)』
最近、アメリカの音楽市場の7割を「古い曲」が占めているという興味深いレポートを目にした。ブルース・スプリングスティーンやボブ・ディランなどの大物が、自身のマスター音源の権利や楽曲の音楽出版権を売却する事例が相次いでいるのも、無論、こうした状況と無縁ではない。
新曲で勝負せざるを得ない若手・中堅組にとっては逆風吹き荒ぶ状況だが、ヒットを連発し、市場の底上げに貢献するアーティストも存在する。その代表格がザ・ウィークエンドだ。自身の作品のみならず、ドージャ・キャットやポスト・マローンらとの共演を奔放に重ね、次々にヒットへ導くその活躍はまさに無双状態。
そんな現代最高峰のポップスターが突如、新作を発表した。成功とは裏腹にグラミー賞にノミネートすらされず、批評家筋から不当に冷遇され続ける彼だが、今回ばかりは辛口の批評家からも「最高傑作」の声が続出。個人的にもその評価に異論はない。
怪優ジム・キャリーがDJを務めながら全体を架空のラジオ番組のように展開し、ジングルやCMまで収める本作は、大人の遊び心が満載。クインシー・ジョーンズ時代のマイケル・ジャクソンを彷彿させるディスコ・ファンク曲の後にクインシー御大のモノローグを続けるなど、心憎い仕掛けがそこかしこにあるコンセプト作なのだ。
本作が最高傑作とされる所以は、しかし、仕掛けにあるわけではない。マックス・マーティンやダニエル・ロパティンらの協力を仰ぎながら、1980年代前半のニュー・ウェイヴ/ニューロマンティクスへオマージュを捧げたようなサウンドメイクは、昨今の音楽市場のムードとも合致する温故知新の手練れの業。なによりロマンティシズムあふれる旋律に心奪われる楽曲の出来が圧巻なのだ。
いま最高のポップミュージックがここにあると断言しよう。こからクラブ・ジャズの新しい道筋が生まれそうな予感がする。
※この記事はPen 2022年4月号より再編集した記事です。