東日本大震災の原発事故により避難指示区域に指定され、一時期ゴーストタウン化した福島県南相馬市小高区。避難指示解除から5年が経過した2021年、醸造所「はっこうば」が開業した。古民家を改修した店内では、オリジナルの酒が楽しめるバーを併設。テラスとつながるベンチ状の縁側が設けられ、街に開かれたコミュニティの発信地となっている。
設計を手がけたのは、建築家の加藤匡毅率いるパドルだ。加藤は隈研吾に師事した後、インテリアブランド、イデーに転職。12年に自身の事務所を立ち上げて以降、建築とインテリア両方のフィールドで得た経験を活かしながら、多様なデザイン活動を行っている。
世界各国のカフェを考察した自著『カフェの空間学 世界のデザイン手法』を出版し、飲食店の設計に多く携わる加藤。なかでもコーヒーロースター「アラビカ」の設計では国内のほか、香港、クウェート、ドイツなどの店舗も担当し、コンセプチュアルな設計が話題となった。これらをはじめ多くの作品に共通するのが、人が集い、街に開いた空間づくりだ。立地条件を反映した外とのつながり、人の動線、空間に用いる素材など、あらゆるアプローチから導き出されたデザインにはコミュニケーションが自然と生まれる心地よさが漂う。
昨年から生活の地を長野県軽井沢へと移し、日本橋のオフィスと行き来する加藤。自然と都市に身を置きながら、これからも人が集う空間づくりを続けていく。
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パドルが携わってきた代表的な建築
【Keyword1:人と街をつなぐ設計】
建物周辺のロケーションを活かした設計がパドルの特徴のひとつ。“縁側”をコンセプトにした渋谷区立宮下公園内跡地に立つ都市型ホテルの客室や、京都・嵐山の竹林と桂川の眺望を最大限に採り入れたアラビカの店舗などがその代表例だ。
【Keyword2:コミュニケーションを生む空間】
半円型のカウンターを中央に添えたワインバー「ガゼボ」や、緑豊かなロケーションを体感できる「タイニーガーデン蓼科」のカフェテラスなど、居心地や空気感を大切にした動線や空間づくりで、賑わいや人と人とのコミュニケーションを創出。
【Keyword3:既存を引き継ぐリノベーション】
複数の店舗設計に携わるダンデライオン・チョコレートをはじめ、これまで数多くの木造建築の改修プロジェクトに携わってきたパドル。解体や構造補強、一部を可視化するなどして、経年変化した既存建築に新たな価値を付与するのも得意とする。
Puddle
代表の加藤匡毅(まさき)は工学院大学建築学科卒業後、隈研吾建築都市設計事務所、イデーなどを経て、2012年にパドル設立。建築やインテリアデザインなどの設計活動以外に、真空管アンプ&スピーカーブランド、パドルサウンドも手がける。