ドキュメンタリー『ザ・ビートルズ:Get Back』から見える、組織を続けることの難しさ

  • 文:速水健朗
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ディズニープラスの『ザ・ビートルズ:Get Back』が配信されたのは昨年末のこと。直後よりも、ひと月以上経った後にも問いかけてくる。

ビートルズの4人で毎日を過ごしていた最後の2週間の様子を映したフィルム。それをピーター・ジョンソン監督がドキュメンタリーにした。解散前のビートルズは、意外にも仲良し。久しぶりの人前でのライブとテレビの特別番組と映画の制作とニューアルバムの録音を一気にやってしまおうというプロジェクトを打ち立て、2週間の準備期間にかかるのだ。だが日数が進むごとに、目的のプロジェクトは尻萎みしていく。彼らが躊躇を見せ始めたのだ。ビートルズは、自分たちの停滞にいらいらしている。そんなふうにも見える。最終的な打算案として屋上でのゲリラライブだけが残る。なぜ急に躊躇を始めたのか。

ジョージは、終始、心を閉ざしているように見えるし、辞めると言い出すのも彼。ビートルズ以外の場で試してみたいという気持ちがおさまらなかったのだろう。ビートルズは、ジョンとポールが中心である以上、自分が光る余地がない。当時のジョージの作曲のひらめきは、ポールに劣っていなかっただけに残念。だがジョージが躊躇の主犯かというと違う。

『ザ・ビートルズ:Get Back』を観て少し経ってポールの躊躇の理由が理解できてきた。ひとりで黙々と曲を生み出すポールの主導で、ビートルズは新曲の練習を何度も重ねる。だがすぐに周囲は曲に飽きてきている。ジョージ・マーティンらが察知し、練習しすぎるなと指摘するのだがポールは受け入れない。ポールの躊躇は、ライブや独番に向けてもっと時間が欲しいというのが理由だ。全体をブラッシュアップさせたい。

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『ザ・ビートルズ Get Back: ルーフトップ・コンサート』2月25日~3月3日IMAX限定公開。また、ディズニープラスでは『ザ・ビートルズ:Get Back』を全3話見放題で独占配信中。©2021 Apple Corps Ltd. All Rights Reserved.

ポールは唯一グループが進むべきビジョンを示しているが、空回りしている。これはどこの会社でもありそうな事態だ。優秀なメンバーが独りで張り切る一方、同僚たちはどんどん置き去りにされる。チームの力が発揮されず失敗するプロジェクト。

それでも、僕はジョンがいちばん問題を抱えていたという結論にたどりついた。ジョンの意見に誰もが一目を置く。ライブは予定通りやるべきだとか、「レット・イット・ビー」にゴスペル風のコーラスが必要だとか、的を射たことも言う。だがジョンは、ほとんどの場面できまぐれな、意味をもたない言葉を発している。『不思議の国のアリス』の帽子屋のよう。ドラッグのせいなのか、ヨーコと始めていた「原初療法」の影響なのか。一緒にいる相手は病むだろうな。ジョンは、古いロックンロールをすぐに演奏し始めるが、ポールやジョージのように新しいアイデアで音楽を生み出そうという気配が薄い。ビートルズが前に進めなくなったのは、このジョンの態度と無縁ではないだろう。

ちなみにリンゴについては特にない。彼がどうこうできる立場でもなかったのだろう。そういうキャラも必要だ。彼の存在も、ビートルズを前に進める原動力にはなり得ないのだが。

『ザ・ビートルズ:Get Back』を観て以降、あらゆる組織の形態をビートルズと比較してしまう。カーリングの女子代表ロコ・ソラーレは、オリンピック屈指のFAB4(素晴らしい4人)。彼女たちが何度か危機を乗り越えてきたのは、同じメンバーでなにかを続けることの難しさを理解していたからだ。多分、ビートルズに欠けていたのは、単に吉田ちなみである。

p.s.久しぶりにチーム(3人だけど)でなにかをつくるという作業をしています。ポッドキャスト。バンドやろうぜ的な感じで機材を買って構成やビジュアルを自分たちで考えて、ラジオ番組をつくるという試み。躊躇せずがんばっている。

『すべてのニュースは賞味期限切れである』(速水健朗、おぐらりゅうじ、丁省吾) https://t.co/OeOQPMEnM1

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。