「大人の名品図鑑」ウェス・アンダーソン編 #5
カリスマ的な人気を誇る映画監督、ウェス・アンダーソンの待望の新作『フレンチ・ディスパッチ』がついに日本でも公開された。雑誌づくりをテーマにした今回の映画を彩る数々の名品と、ファッション好きとしても知られる監督自身の愛用品を紹介する。
ニューヨークの76丁目にザ カーライル ローズウッドホテルがある。5つ星の超高級ホテル。世界中に顧客をもち、最近ではウィリアムズ王子とキャサリン妃が宿泊して有名になったニューヨークを代表するホテルだ。映画監督で俳優のウディ・アレンが、このホテルの「カフェカーライル」で毎週月曜日にクラリネットを演奏することで知られている。このホテルを舞台にしたドキュメンタリー映画『カーライル ニューヨークが恋したホテル』(18年)に、ウェス・アンダーソンが"ウェス組"のビル・マーレイ、アンジェリカ・ヒューストンと共に出演している。たぶんニューヨークの定宿にしているのだろう。
「一握りのホテルを除いてはどこも様変わりする。僕は昔に戻った気分に浸りたい。ここはそうさせてくれる」
この映画でカメラに向かって話すウェス。イエローのシアサッカー(このときはコーデュロイではなかった)のスーツにタッターソールのチェックシャツとニットタイというスタイルでインタビューに答えている。お洒落なチェックシャツだと思って調べてみたら、彼が愛用するのは最新作の『フレンチ・ディスパッチ』(22年)の舞台でもあるフランスを代表する老舗、シャルベのシャツだった。
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名だたる人物に愛されるフランスの老舗シャツブランド・シャルべ
シャルベは1838年、フランスのパリで世界初のオーダーシャツ店として創業された名店だ。創業者はナポレオン1世のワードローブの管理人を父にもつ、ジョセフ・クリストフル・シャルベ。それまではシャツを作るとなると、顧客自身が生地を用意して裁縫店に持ち込み、仕立てもらわなければいけなかった。しかしクリストフルが開業した店は、生地を店側が用意してシャツを仕立てられるようにしたのだ。当時のシャツは身頃と襟が分かれたデザインだったが、襟付きのシャツ、さらには襟を折って着るタイプを考案したのもこのシャルベと言われている。つまり現代のシャツの基本をクリストフルがつくったと言っても過言ではない。
「人体に合わせて立体的に柔らかくつくること」を理想に掲げたシャルベ。丹念に仕立てられたシャツはまるで一枚の布をまとっているようだと表現されることも多い。
最初に開業した場所はパリのリシュリー通りだが、1868年に世界的なメゾンが立ち並ぶヴァンドーム広場に移転。1982年に広場内でさらに移転し、現在の場所に居を構えた。伊達男として世界に名を馳せた英国のエドワード7世をはじめ、シャルル・ド・ゴール、ウィンストン・チャーチル、ジョン・F・ケネディなどの政治家、ココ・シャネル、イヴ・サンローラン、カール・ラガーフェルドといったモードの担い手まで顧客にもった、まさに“別格”のシャツ専門店だ。この連載で以前取り上げたミュージシャンの加藤和彦もそのひとり。彼は英国仕立てのスーツにシャルベのシャツを合わせることを信条としていたが、ウェスの場合はニューヨーク仕立てのコーデュロイスーツにこのシャツを合わせる。彼のポートレイトを集めてみると、シャルベがもっとも得意とするブルーの無地以外にも、ギンガムやタッターソールの柄物をよく選んで着ている。
今回紹介するのは、コットンフランネルの素材を使ったモデル。シャルベが使う生地は糸からオリジナルで織り上げるものが多く、発色がよく、しなやかな肌触りを持つことで知られるが、このチェック生地もカジュアルさと気品を併せ持っている。小さめの襟型はフランスらしく、やや大きめのシルエットは、ジャケットからカジュアルまでいろいろなアイテムに合うだろう。立体的なパターンで仕立てられているので、ストレスなく身体にフィットしてくれる。
勝手な想像だが、ウェスの代表作『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』(01年)で主人公の妻に恋する会計士のヘンリー(ダニー・グローバー)が着ていたのがシャルベのシャツではないだろうか。いやシャルベであってほしい。ヘンリーはブルーのジャケットに色とりどりの大柄チェックシャツ(しかもダブルカフス)をとっかえひっかえ着ていたが、その着こなし、その佇まいが彼を何倍もお洒落に見えた。どんなデザインのシャツをつくってもそんな風に見せてしまう。これがフランスの老舗シャツの力。このシャツを愛するウェスは、それをよく知っているに違いない。
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問い合わせ先/日本橋三越本店 TEL:03-3241-3311
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