「大人の名品図鑑」ウェス・アンダーソン編 #3
カリスマ的な人気を誇る映画監督、ウェス・アンダーソンの待望の新作『フレンチ・ディスパッチ』がついに日本でも公開された。雑誌づくりをテーマにした今回の映画を彩る数々の名品と、ファッション好きとしても知られる監督自身の愛用品を紹介する。
若き天才映画監督ウェス・アンダーソンの新作は、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イブニング・サン別冊』(以下『フレンチ・ディスパッチ』)。同名の架空の雑誌にまつわるエピソードをオムニバス形式でまとめるという手法を取っている、彼らしい作品だ。
急死した編集長の追悼号を飾った4つのエピソードに先駆けて、「自転車レポーター」と題された導入部がある。名物編集長のアーサー・ハウイッツァー・Jr(ビル・マーレイ)が愛したフランスのアンニュイ=シュール=ブラゼ(雑誌同様に、これも架空の街)を、無鉄砲な同誌の記者エルブサン・サゼラックが自転車に乗ってレポートする様子が描かれている。この記者を演じたのが、ウェス作品に欠かせない俳優のオーウェン・ウィルソンだ。
1968年、テキサス州ダラスで生まれた彼は、大学在学中にウェス・アンダーソンと出会う。そして彼と共同で執筆した脚本が『アンソニーのハッピー・モーテル』(96年)として映画化されている。また『天才マックスの世界』(98年)や『ザ・ロイヤル・テネンバウム』(01年)の脚本も執筆しており、『ザ・ロイヤル・テネンバウム』ではウェスと一緒にアカデミー脚本賞にもノミネートされた。もちろんほかの映画でも活躍しているが、ウェス・アンダーソンとは一心同体のような間柄だ。
自転車乗りのレポーター役を演じたオーウェンは、フランスらしいベレー帽にジップフロントのセーターの組み合わせ。合わせた深いグリーンのパンツをハイソックスの中にたくしこんだ、クラシックな自転車乗りのスタイルというのも、フランスらしくて洒落ている。
映画のエンディング近くで彼が編集部で靴を脱ぐ場面があるが、彼が履いていたハイソックスは、本体とつま先の色が違う、バイカラータイプ。たぶんこれは英国を代表するニットブランドであるコーギ製ではないだろうか。同ブランドはバイカラーソックスを得意としていて、ハイソックス(英国流にはホーズと呼ぶのが正式)も昔から生産している。ファッション好きで知られるウェス・アンダーソン。しかもこの作品の衣裳を担当したのが、完璧なことで知られる映画衣裳デザイナーのミレーナ・カノネロだから、こういうところには絶対に手を抜かないだろうというのが、私の勝手な憶測だ。
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英国を代表するコーギのソックス
コーギ(正式な名称はコーギ・ホージリー)社は1893年、英国のサウス・ウェールズで創業した会社。当時、ウェールズ地方は炭鉱が中心的産業で、裸足で石炭を掘る労働者たちに暖かいソックスを履かせたいと考え、創業者のライ・ジョーンズは長いソックスの製造を始めたという。第二次世界大戦後、英国らしいアーガイル柄のソックスがアメリカからやってきたブルックス ブラザーズのバイヤーの目に留まり、輸出がスタート。その後英国を代表する良質なソックスとして世界的に注目されるようになった。
現在は自社製品以外にも、バーバリー、ポロ ラルフ ローレン、トム ブラウン、J.クルーなど、世界の名だたるブランドのソックスの生産を請け負う。ソックス以外にもニットウェアやマフラーなども生産し、チャールズ皇太子からロイヤルワラント(王室御用達認定証)を得ている。コーギのソックスコレクションの中でもいちばんラグジュアリーなのが、素材にカシミアを採用したモデルだ。大量生産ではなく、昔ながらの「ハンドフレーム」と呼ばれる機械を使って生産。つま先部分にゴロツキが残らないように職人が手でリンキングしていくと聞く。柔らかく、滑らかなカシミアの極上ソックスはまさに一生ものと言える。まさにウェス・アンダーソンのファッショナブルな映画に登場するのに相応しい、確かな歴史と物語を持ったソックスではないか。
ちなみにこの映画の3番目のエピソードである「警察署長の食事室」でも、ジェフリー・ライト演じる博識家ローバック・ライトが組んだ足元から、編み込みのソックスを覗かせている。モノクロの場面なのでソックスの柄や色はわからないが、衣裳デザイナーのミレーナは「衣裳やヘアメイクの色調や質感にも気をつけなればならかった。モノクロの映像を研究し、ある種の色がモノクロ映画の中で生む効果を学んだ」と語っている。編み込みのソックスもまた、コーギを代表するソックスだ。
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