【小山薫堂の湯道百選】第六五回“湯は、人生を磨く。”

  • 写真:アレックス・ムートン
  • 文:小山薫堂
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〈沖縄県沖縄市〉

中乃湯

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日本最南端の銭湯に浸かってみたい、という浅はかな動機から沖縄に一軒だけ残る個人経営の銭湯「中乃湯」を訪ねた。

まず主人の人柄にやられた。仲村シゲさん、90歳。1964(昭和39)年に夫婦で創業したものの夫が急逝。以来50年近く、女手ひとつでこの湯を守り続けてきた。午前中に湯を沸かし始め、昼過ぎから営業を開始。夜7時には閉める。それからたったひとりで掃除をして、床に就くのは夜の深い時間となる。入浴料は370円。1日の客はせいぜい数十人。それでもこの仕事を続けているのは、友だちのような客たちに囲まれているためだ。シゲさんの居場所は、番台ではなく暖簾の前のベンチ。訪れた客はシゲさんと何気ない会話を交わして暖簾をくぐる。近所で沖縄古民家民宿を営む野下秀広さんは、いつも三線を手にしてやって来る。湯上がりに、シゲさんに歌を聴かせるためだ。シゲさんも合わせて歌い始め、次に訪れた客も口ずさみながら中に入って行く。それが中乃湯の日常だ。

もちろん湯も素晴らしい。300mの地下から汲み上げた温泉を沸かし、少々の入浴剤で色をつける。これを邪道と思うなかれ! 湯のやわらかさは、シゲさんの優しさに重なる。さらに風がいい。大きな窓から吹き込む心地よい風が、脱衣所と浴槽に壁のない、独特の空間を駆け抜けて行く。

シゲさんは「100歳までこの湯を守る」と笑う。ここはまさに、人生を磨いてくれる銭湯だ。これから10年、年に一度はこの湯に浸かろうと心に誓った。

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沖縄では、銭湯のことを「ゆーふるやー」と呼ぶ。家庭に風呂が普及し、ガス代高騰などで個人経営の銭湯は1軒だけとなった。

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のれん前のベンチに座っているシゲさん(右)と、「ゆんたく(おしゃべり)」をすることが、常連さんの楽しみ。客が店番を引き受け、シゲさんがお湯を増やしたり、温度を上げたりするのも日常。

中乃湯

住所:沖縄県沖縄市安慶田1-5-2

営業時間:14時~19時

定休日:日、木

料金:¥370

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