〈沖縄県沖縄市〉
中乃湯
日本最南端の銭湯に浸かってみたい、という浅はかな動機から沖縄に一軒だけ残る個人経営の銭湯「中乃湯」を訪ねた。
まず主人の人柄にやられた。仲村シゲさん、90歳。1964(昭和39)年に夫婦で創業したものの夫が急逝。以来50年近く、女手ひとつでこの湯を守り続けてきた。午前中に湯を沸かし始め、昼過ぎから営業を開始。夜7時には閉める。それからたったひとりで掃除をして、床に就くのは夜の深い時間となる。入浴料は370円。1日の客はせいぜい数十人。それでもこの仕事を続けているのは、友だちのような客たちに囲まれているためだ。シゲさんの居場所は、番台ではなく暖簾の前のベンチ。訪れた客はシゲさんと何気ない会話を交わして暖簾をくぐる。近所で沖縄古民家民宿を営む野下秀広さんは、いつも三線を手にしてやって来る。湯上がりに、シゲさんに歌を聴かせるためだ。シゲさんも合わせて歌い始め、次に訪れた客も口ずさみながら中に入って行く。それが中乃湯の日常だ。
もちろん湯も素晴らしい。300mの地下から汲み上げた温泉を沸かし、少々の入浴剤で色をつける。これを邪道と思うなかれ! 湯のやわらかさは、シゲさんの優しさに重なる。さらに風がいい。大きな窓から吹き込む心地よい風が、脱衣所と浴槽に壁のない、独特の空間を駆け抜けて行く。
シゲさんは「100歳までこの湯を守る」と笑う。ここはまさに、人生を磨いてくれる銭湯だ。これから10年、年に一度はこの湯に浸かろうと心に誓った。
中乃湯
住所:沖縄県沖縄市安慶田1-5-2
営業時間:14時~19時
定休日:日、木
料金:¥370