日本が誇る名指揮者・佐渡裕が語る、「第九」の本質とヴァシュロン・コンスタンタンとの共通点

  • 写真:岡村昌宏 (CROSSOVER)
  • 文:柴田充
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佐渡裕●1961年、京都府生まれ。指揮者。 故レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。ウィーンを拠点に世界的な音楽活動を続ける。兵庫県立芸術文化センター芸術監督。 2023年より新日本フィルハーモニー交響楽団音楽監督に就任する。

日本を代表する指揮者で、ウィーンを拠点に世界的に活躍する佐渡裕さん。ゆるがぬ伝統と革新するモダニティという、クラシック音楽にも通じるその世界観に共鳴し、ヴァシュロン・コンスタンタンの新たな旗艦店となる銀座本店を訪れた。

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スイス・ジュネーブの本店にも訪れたことがあるという佐渡さん。自然光が差し込む明るく開放的な空間にずらりと並べられた逸品に、思わず笑みがこぼれる。

先人たちが生み出し、長い時間をかけて受け継がれてきた芸術のひとつにクラシック音楽がある。現在「クラシック」とされるものも誕生当時は先進的であり、時代を超える強さのあるものがいまに残っているのは、時計にも通じる点がある。スイス・ジュネーブの本店にも訪れたことがあるという佐渡裕さんだが、銀座本店を訪れた感想として第一声で挙げたのは、ヴァシュロン・コンスタンタンの創業者、ジャン=マルク・ヴァシュロンと同時代を生きたベートーヴェンだった。その代表作である交響曲第九番の第四楽章「歓喜の歌」は、喜びをたたえ、謳歌する内容から祝事などに採用されることが多い。だが本質はそうではないと、佐渡さんは言う。

「導入は非常に激しいファンファーレで入ります。世の中は激しく衝突し合い、いがみ合っている。現代は不寛容や分断の時代と言われますが、それが現実です。それでも人と人とが手を取り合って心地よい世界をつくろう、それが本当の喜びではないかというのが、第九のメッセージだと思います」

1983年以来、世界でも類を見ない大規模な合唱コンサートとして歴史をつないできた『サントリー1万人の第九』。佐渡さんは99年から指揮を執るが、昨年末に延べ23回を数え、佐渡さん自身の理解も変わってきたという。

「曲が生まれて200年近く経つ中で演奏形態も変わってくるし、僕の中でもいろいろな変化があります。楽曲自体が変わらないのにそれほど多くの示唆を与え続けるのは、クラシックにそれだけの強さと革新性があるからでしょう」

時間の蓄積によってさらに魅力を増す「クラシック」に向き合い、改めて時計について考えた時、思い浮かぶ光景がある。

「かつて実家に振り子時計があって、毎日5〜10分遅れるんです。それを親父が毎晩ネジを巻いて針を進めていました。それが我が家のある種のシンボルだったんですよ。機能としては劣っていても、そこにあり続けることで家族に愛される。そうしたあり方は指揮者とも共通します。もちろん正確さが必要ですが、リハーサルやステージに現れた瞬間に、それだけでオーケストラの雰囲気が変わる。そんな存在感も大切にしたい」

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