【Penが選んだ、今月の音楽】
『アン・イヴニング・ウィズ・シルク・ソニック』
社会の分断を加速させるキャンセル・カルチャーは、いまやショウビズ界をも飲み込もうとしている。21世紀の“キング・オブ・ポップ”とも称されるブルーノ・マーズでさえ、彼が真正面からR&Bに取り組んだ2016年作『24K・マジック』の発表時、フィリピン系の血を引くブルーノに黒人の血が流れていないことを理由に文化盗用だという批判を受けた。なんとも馬鹿げた話だ。
そんなブルーノが韓国系の血も流れるアンダーソン・パークとR&Bデュオ、シルク・ソニックを結成し、1970年代のフィラデルフィア産スウィート・ソウルを現代に甦らせた美曲「Leave The Door Open」で21年3月にデビューした際は、そのシルキーで甘美な音世界に誰もが悶絶した。ほどなく全米1位に輝き、さらに第64回グラミー賞で年間最優秀レコード賞など4部門にノミネートされることとなったこの曲は、出自云々でなく、曲そのものの魅力こそがなにごとにも勝るという単純で大切な事実を浮き彫りにしてくれたのだ。
ヴィンテージ・ソウルを共通言語とするふたりは、それぞれ1985年と86年の生まれ。70年代ソウル/ファンクはオンタイムで聴いたわけでないが、だからこそ、その憧れを素直にオマージュとして表現できたのだろう。デビュー作『アン・イヴニング・ウィズ・シルク・ソニック』は、まさに往時のソウル・マナーに則った傑作として記憶される作品となった。
華麗なサマー・アンセム「Skate」や甘美なソウル「Smokin Out The Window」のシングル曲の他、ファンキーなスロー・ジャム、アース・ウインド&ファイアー流儀のスロー・バラードなど、どれもが70年代ソウルの享楽的な香りを放つ全9曲。伝説のファンカー、ブーツィー・コリンズや流麗なストリングス・アレンジでフィリー・ソウルを支えたラリー・ゴールドなどの名人も脇を固める、桃源郷的名盤だ。
※この記事はPen 2022年2月号「日本の建築、ここが凄い!」特集より再編集した記事です。