【アーティスト菅木志雄インタビュー】〈もの〉の存在と〈場〉の永遠

  • 写真・文:中島良平
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菅木志雄 1944年岩手県盛岡市生まれ。1960年代末〜70年代にかけて起きた芸術運動「もの派」の主要メンバーであり、戦後日本美術の代表作家のひとり。2015年にヴァンジ彫刻庭園美術館と東京都現代美術館で個展を同時開催し、2017年にはヴェネツィア・ビエンナーレで代表作『状況律』を水上インスタレーションとして再制作するなど、近年も国際的に活躍する。

1970年前後に「もの派」の中心メンバーとして注目され、現在も「もの」への独自の視点から多様な制作を続ける菅木志雄。出身地である岩手県の岩手県立美術館を会場に、初期作品から新作までを公開する大規模な個展が開催されている。『〈もの〉の存在と〈場〉の永遠』と題された個展の会場を訪れ、インタビューを行った。

ものがもつリアリティを考察する。

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『斜位相』1969年 重力の関係性で成立する木材と石という「もの」がそこにあり、その周囲には「場」が広がる。意味性ではなく、その事物性のみを示そうと試みた菅の初期作品。

多摩美術大学で絵画を専攻した菅は、どのように平面から「もの」へ、空間表現へと意識が移っていったのだろう。学部に入っても3年生になるころには絵画の制作を一切せず、立体作品やインスタレーションを手がけるようになった。

「ただ見るための作品として絵画を手がけるだけでは気が済まないという思いがあり、絵画といえども、キャンバスでもなんでも結局はものだ、という考えが出てきたんですよ。どんなに薄い画面であっても、表だけではなく裏があって、その中間もあるわけです。始まりと終わりという言い方もできるけど、その始まりと終わりの間の中間のところに意識が向かうと、ものとはいったい何なんだという意識が生まれるわけです。描く対象として見るだけではなく、もっと別の意味でものを認識できないか、規定できないかと考えて制作を行うようになりました」

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左より『等間体』1973/2006年、『識況』1970/2006年 もののリアリティを写真に収めた作品など、インスタレーション以外にも多くの技法でものをとらえた。
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木材と石と紐を組み合わせた『上弦・間・下弦』(1990/2021年)などのように、空間に応じてサイズや構成を変更して発表する作品も多く手がけてきた。

石や木などの自然素材、金属を加工した建築資材などの人工物なども区別なく、またサイズや形状も分類することなく扱う。そこに並べる、曲げるといったシンプルな行為を加え、素材同士や空間との関係性を考えながらものをものとして現出させる。つまり、作品を手がけるために素材を探し、選ぶというひとつの方向と、ものをものとして現出させるというもうひとつの方向が重なり合い、その結果が作品となって立ち現れてくるのだ。

「アーティストがものを選び、すべてを仕切って『はい、できましたよ』という構造性で制作するのではなく、素材自体のある部分なり何割かをサポートし、ものとものの中間存在として、ものと場を結びつける立場で関わるのがアーティストの役割だと思っています。アーティストとものも関係をもち、違うもの同士が同じ地平の中でそれぞれにリアリティをもてればこれが一番いいだろうと。自分を通してものがあり、ものがあるから自分も存在しているという状況をつくることが、僕にとって作品をつくる過程になっているのかな」

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最新作で試みた意味性の排除。

菅木志雄と作品の素材や空間との関わり方は、制作をスタートした1960年代から一貫している。その関係性を「人間ともの」「人間と環境」に置き換えて考えてみると非常に現代的であり、時代を先行した思考の持ち主であることがわかる。人間中心に物事を考えるのではなく、ものや環境の「リアリティ」とは何であるのかを考え、適切な態度で人間が関わるべきだという意思が制作の根底にあることが感じられるのだ。

「自然のなかに入っていくと、石がたくさんあって、作品に石を使おうとしてどのように選ぶかというと、実際のところ、僕にとってはどれでもいいんですよ。近くにあったとか、逆に陰からチラッと見えていたとか、水に濡れたらこうなりそうだとか、非常にあやふやな志向性で石を選ぶわけです。僕にとってものの存在というのは非常にあやふやで、だから、どういう風にでも動けるし、どういう風にでももの同士や空間と関係をもてると思っているんです。自分の中にある虚構性みたいなもので実像世界をどう処理していくか、そこが表現において重要なんじゃないかと思っています」

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左から『所成性』2017年、『縁立』2018年、『揺化律』2018年、『深差』2019年 ズレや不安定さを人がどう知覚するか。「不安定な感覚を人間に近づけたり遠ざけたりしたい」という思いから、斜めの動きを取り入れた作品を連続して制作した。
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『景位』2021年 本展に合わせて制作された最新作。

今回の個展では、最新作としてコンクリートのキューブを矩形状に並べたインスタレーション作品『景位』を手がけた。無駄な意味性をもたないように、もの自体の存在に目が向くように、単純なキューブの素材を用いた。

「単なる四角ですから、意味性を排除できる物体としてキューブを選びました。それが集まって集合体になったときに変化が生まれるだろうかと自問自答しました。たくさんのキューブを集めて矩形をつくったら、一体人間の目はどこにいくのだろうかと考えたわけです。やっぱり個別のキューブを見るのか、あるいはできあがった四角い矩形にいくのか、それともその中間の、コンクリートの質感や大きさ、重さに向かうのか。素材を複雑に扱うとその操作に意識が向いてしまうから、単純に並べることで、もの自体に意識が向かうようにしたかったのです」

一貫した意識をもちながら、空間や素材との関係によって多様な作品を生み出してきた菅木志雄。表現の変遷を辿ることでその核にあるアーティストとしての姿勢が浮かび上がり、人間が世界とどのように向き合うべきかという思想が伝わってくる貴重な展示だ。

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『揺間』2005年 岩手県立美術館では2005年に菅の個展が開催され、その際に制作された同館の収蔵作品の1点。

開館20周年記念
菅木志雄展 〈もの〉の存在と〈場〉の永遠

開催期間:2021年12月18日(土)〜2022年2月20日(日)
開催場所:岩手県立美術館
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
TEL:019-658-1711
開館時間:9時30分〜18時
※入館は17時30分まで
休館日:月
入館料:一般¥1,000
※企画展観覧券でコレクション展も観覧可能
(1月25日〜28日は展示替えのため、コレクション展は観覧不可)
https://www.ima.or.jp/