排骨飯にチキンオーバーライス……。ニューヨークの食事情とは?

  • 文:松山智一
Share:
ニューヨークの名物屋台「Halal Guys」。手頃な価格帯で胃袋を満たしてくれる。(c)Alamy/amanaimages

2021年12月19日。本当であればこの1年を振り返るような内容を書くタイミングなのであろうが、この2年程コロナというこれまでとは少し違う現実と向き合ってきたせいか、どうも真面目なことを書く気にはなれず……。

今回は年の瀬には全くふさわしくもないが、ニューヨークでの食について書こうと思う。

大学卒業後25歳でニューヨークにやってきてアーティストとして生計を立てていけるまで、まずはどうやってこの街で生きていけるのかが問題だった。20年前の当時、もちろんいまよりはずっと家賃も生活費も安かったが、物価の高いこの街で駆け出しの若いアーティストが生きていくにはとにかく安くてお腹が満たされるものが必要だった。現在では食べることはないが、当時を思い出す懐かしい食べ物がある。

「華美」の排骨飯と「Halal Guys」のチキンオーバーライス。どちらも当時は5ドル程度の名物屋台飯だ。

華美は閉店したものの同じロケーションで「美華」という店が同じ排骨飯を出している。(店名をちょっとだけ変えて、同じ場所で同じようなメニューで出すというのはチャイナタウンあるあるかもしれない)

ご飯の上には、スパイスが効いた甘じょっぱいタレに漬けんで揚げた骨付きポークリブ、煮卵、高菜に謎の茶色っぽいソースがかかっているのだが、この謎のソースが異様にしょっぱくてご飯が進む。

チキンオーバーライスは中東系のフードトラックやデリの定番メニューだが、MoMAのすぐ近くにあるThe Halal Guysが有名。

味付けされたピラフの上にダイスカットされたレタスやトマト、その上にスパイスの効いたチキンかラム(もしくはコンボ)、さらに何種類かあるソースを好みの量かけて、豪快に混ぜて食べる。

どちらもいわゆる野郎飯で30分後には後悔と胃もたれが待っているのだが、米と肉と油で食欲中枢が破壊される脳内麻薬的なおいしさだった。

01072025000.jpg
これは「美華」とは別のお店の排骨飯。美華の排骨飯はこんなにお行儀よくない。(c)NOBUO KAWAGUCHI/SEBUN PHOTO/amanaimages

NYに住んでいると現地ではいまなにが流行っているんですか? と聞かれることがある。でも日本のタピオカや高級食パンのようになにかが一気にブームになることはあまりない。もちろんトレンドみたいなものはあるが、ちらほら新しいものが増えつつも結局高額な家賃で潰れるお店も多いので、一気に街中の様子が塗りかえられるほど席巻されることはない。家賃が高いのと関係しているだろうが、こっちの人は見切りも早い。新しくオープンしたお店が3カ月も経たず閉店していることも珍しいことではない。それにニューヨークの人は食に対しては結構コンサバティブなようで、あまり新しいものに飛びつかず、食べ慣れた親しみのあるものを好む人も多い。メニューが豊富なイタリアンレストランに6人でディナーに行って自分以外の全員がミートボール・パスタを注文していた時には内心驚いた。

コロナ禍初期、こちらでもスーパーから食材が消えたが、普段あれだけミートレスやヘルスコンシャスを謳っているニューヨーカーが買い占めたものは意外にもキャンベルのチキンスープ缶や牛肉、ケチャップでレンズ豆やキノアは大量に棚に残っていた。やっぱりみな、実はこういう食べ物が好きなんだよね。

特にニューヨークでは食がステートメントになってしまっている傾向が強いから、おいしい! よりも「△△」を食べている自分の方が大事なのかもしれない。「△△」に入るのが、一昔前ならOat MilkやCelery Juice、いまだったらTurmeric LatteとかKelpだろうか……。

ブリア・サヴァランの美味礼讃という本に「国の命運はその食事の仕方によって左右される」という言葉がある。大袈裟かもしれないが、食とアイデンティティは相互に影響を受け合うものだから、ひいてはそこに暮らす個人の集合体としての街や国の変化に現れるということだろうか。

そしてニューヨークでは食に対する思考や嗜好、また人種、宗教、生活様式もあまりにも多種多様過ぎる。そしてニューヨークは食に対する思考や嗜好、人種、宗教、生活様式があまりにも多種多様だ。何世代にもわたる移民で形成されたこの街が、これからどんな道を進んでいくのか興味深い。

松山智一

アーティスト

1976年、岐阜県出身。ブルックリンを拠点に活動 。上智大学卒業後 2002 年渡米。全米主要都市、日本、ドバイ、上海、香港、台北、ルクセンブルグなどのギャラ リー、美術館、大学施設にて展覧会を多数開催。2020 年、JR 新宿駅東口広場のアートスペースを監修、中心に7m の巨大 彫刻を制作する。

松山智一

アーティスト

1976年、岐阜県出身。ブルックリンを拠点に活動 。上智大学卒業後 2002 年渡米。全米主要都市、日本、ドバイ、上海、香港、台北、ルクセンブルグなどのギャラ リー、美術館、大学施設にて展覧会を多数開催。2020 年、JR 新宿駅東口広場のアートスペースを監修、中心に7m の巨大 彫刻を制作する。