一輪の花のように、ワイン瓶を頭の上に掲げた華奢な女性。店前に立つ看板がチョンちゃんこと静恵(チョンへ)さんのリトルオーサカ、「wine stand SAMI(ワインスタンド・サミ)」を、そのまま表している。しなやかなのに力強く、軽やかなのに凛としている。誰もが、一度訪れると夢中になる、新時代の立ち呑みスタンドだ。
ノンアルでも来てくれる、お客さんたちの気持ちに励まされたからだ。やっぱり、立ち呑みをやってよかった、自分の気持ちは間違ってなかった。
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立ち呑みのカウンターに居合わせただけで、テーブルを共有しているような連帯感が生まれる。だから、楽しく食べられる揚げ物は必須、カウンターの下には小さなフライヤーも常備されている。何にでも合わせられて気軽、しかもおいしいワインが欲しいから、東京ではあまり見かけない「ムカド」というジョージアのワインも用意した。
オレンジではなくて、琥珀、醸したジョージアの白はアンバーと表現される。新鮮なアジフライや、ポテサラを挟んだハムカツが進む。
買い出しが終わると、チョンちゃんの1日はメニュー書きから始まる。毎日、30種を越えるメニューを紙に書き、所々に朱墨でアクセントを付けていく。献立に打たれたオレンジが、白と黒だけの世界に鮮やかなリズムとアクセントを与える。チョンちゃんの朱墨は、優秀なトラックメイカーの指先みたいだ。17時のサイレンと同時に集まり始める客たちはみんな、今日のメニューを心待ちにしている。
鳥の唐揚げに、豚汁、おしんこ盛り。客の注文に、「定食かい!?」とチョンちゃんがツッコミを入れる。その時にも彼女の手は動き続け、揚げたての唐揚げに黒酢餡を纏わせていく。ここで1杯、強炭酸のハイボールを挟もうか!?店内を見渡すと、ワインや焼酎のチェイサーにハイボールを頼んでいる人も多い。もはや、どちらがチェイサーか分からないが、とにかく楽しい。SAMIの夜が、少しずつ濃くなっていく。
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西成の串カツ屋で、ハモという文字を見て驚いたことがある。食に対して貪欲で、サービス精神がいっぱいの街で育ったチョンちゃんは、その辺りも立派な関西スピリットだ。毎日、トモサンカクやイチボ、赤身などのステーキを笑っちゃうような価格で出す。
旬のお造りは、有名レストランや料亭が通う近くの「魚春」で仕入れている。もちろん、ハモや白子も、普通は和食屋さんでしか食べられないものだって、気合いでメニューに登場する。それは、とにかく客の笑顔を見たいからだ。
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夜が深くなると、客たちは身体を斜めにして、1人でも多くの人を入れてあげようとする。先輩たちの食器を若いコたちが片付けている。現地、大阪ではカップルなら、男後ろ・女前で縦にカウンターに立つのだという。ひとしきり食べて、飲んで、そろそろみんなおなかに溜まるものが食べたい頃。そんなリクエストに応えて、グラタンやシチューなど、懐かしく温かな家庭のメニューもある。
そんな中「おにぎり食べる人!?」と、チョンちゃんから悪魔の囁きが発せられる。しかも、塩むすびなんて平和なものではない、明太バターおにぎりだ。糖質制限の女子も、最近おなかまわりが気になるダンディも、一気に罪悪感から解き離れていく。
「私ひとつ」、「俺も」、「こっちも」。こうして、大井町のリトルオーサカ、wine stand SAMIの夜が更けていく。SAMIのカウンターは、陽だまりのような優しさでできている。
『wine stand SAMI(ワインスタンド・サミ)』
東京都品川区大井1-55-11 1F
TEL:080-1361-4641
文筆家
コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。
コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。