洋画・邦画ともに注目作品の多い1月。台湾のろう学校で実際に起きた性的暴行・セクシャルハラスメント事件を映画化した『無聲 The Silent Forest』の見どころやあらすじを紹介する。
【あらすじ】性暴力に遭った少女の叫びは、誰にも聞こえない…
台湾のろう学校で実際に起こった性暴力事件を真正面からセンセーショナルに描き、公開時に台北の週間興行収入1位を獲得するだけでなく、台湾で数々の映画賞も受賞。さらにアジア各国の映画祭でも話題を集めた衝撃の社会派ドラマ『無聲The Silent Forest』が1月14日から劇場公開される。
ろう者の少年チャンは普通学校から台湾南部のろう学校に転校し、同級生の少女ベイベイとすぐに打ち解けて仲良くなる。そんなある日、ベイベイがスクールバスで複数の男子生徒から性暴力を受けている現場を目撃してしまう。しかも信じられないことに、ベイベイや生徒たちはその後も何事もなかったかのように接しているのだった。
チャンはベイベイに「先生に言おう」と提案するが、ベイベイは頑なに事実を話すことを拒む。それでもチャンはベイベイを救うため、そして事件の真相を明らかにするため、信頼できるワン先生に報告する。正義感の強いワン先生が聞き取り調査を進めていくうちに、主犯格の少年ユングアンが語る性暴力の実態、そして学内に隠されていた驚くべき事実が明らかになっていく。
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【キャスト&スタッフ】台湾を震撼させた事件の実態を女性監督が告発
2011年9月、台湾のろう学校で、128件もの生徒への性的暴行やセクシャルハラスメントが調査チームによって報告された。しかし関係者たちは事実を隠蔽し、再調査もされないまま実態はわからないままになっている。そんな取り扱いがデリケートな事件の映画化に挑んだのは、これが長編初監督となる新進気鋭の女性監督コー・チェンニエン。世間からの批判を恐れることなく、一人でも多くの観客に事実を伝えるため、映画というエンターテインメントのフォーマットで告発。実際の暴力をあえてありのまま映さず、観る者の想像力に委ねる形で恐怖の実態を印象的に伝えている。
本作のキャストで特に注目を集めたのは、ろう学校の女子学生ベイベイに扮するチェン・イェンフェイ。日常的に性暴力にさらされ深く傷ついているにもかかわらず、校内で波風を立てたくないがゆえに沈黙を貫く苦悩を痛々しくもリアルに体現し、台湾の金馬奨と台北映画祭で最優秀新人俳優賞を受賞した。
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【見どころ】音のない世界だからこそ強く刺さる被害者の苦しみ
本作で描かれているような性暴力・セクハラ・パワハラ事件は、程度の差こそあれ残念ながら決して珍しいことではない。暴力がさらなる暴力という負の連鎖を生み、また周囲の大人や権力者たちはみて見ぬふりをして、何事もなかったかのように黙殺されていく。そしてそうした特殊な環境において、被害者と加害者は決して公平に扱われることはない──。しかし逆に、こうした事件が珍しくないからこそ、遠い国の出来事ではなく身近な問題として心に刻まれることだろう。
その上で本作がよりセンセーショナルに映るのは、ろう学校という閉鎖的な“音のない世界”を舞台としているから。いくら「助けて!」と叫んでも誰にも聞こえない。また、この世界に生きる者たちは“外の世界”に居場所がないため、どれほど歪んでいようと今いる場所にとどまることを選択する。そうした状況で抑圧されている者たちの心の叫びは、音として世間に届くことがないぶん、圧倒的な強度で見る者の心に刺さる。救いのない絶望が全編にこれでもかと詰め込まれているが、こうした信じがたい事件を事実と認め「これではいけない」と立ち上がる人が一人でも増えることにこそ、本作の意義があるとも言える。そのためにも、本作で描かれる事件の一部始終からは、決して目をそらすことはできない。
音のない暴力、声にならない悲痛な声…。子どもの世界での理不尽な暴力のみならず、大人の世界でも組織による隠蔽事件が続発する日本において、本作が突きつける衝撃の事実は決して他人事ではない。
『無聲 The Silent Forest』
監督/コー・チェンニエン
出演/リウ・ツーチュアン、チェン・イェンフェイほか 2020年 台湾映画
1時間44分 1月14日(金)全国の劇場にて公開
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