1999年に公開され、映像革命の名にふさわしい衝撃を全世界に与えた『マトリックス』。120台ものカメラを使った撮影手法「バレットタイム」による“マトリックス避け”、サングラスにロングコートといったクールないでたち、いまいる世界が仮想現実(マトリックス)であり、実際は機械に人間が“栽培”されているというディストピアな世界観――。リアルタイムに本作を体験した世代にとっても、本作に変革された世界を生きる後進たちにとっても、『マトリックス』の存在をなかったことにはできないだろう。それほどまでにこのシリーズは、直接的/間接的の差はあれど――私たちの価値観に確実に根を張っている。
まさに現代の“神話”といえる『マトリックス』。その“まさか”の最新作『マトリックス レザレクションズ』が、本日12月17日に劇場公開を迎えた。第3作『マトリックス レボリューションズ』(03)以後の世界を描く約18年ぶりの新章となり、ネオ(キアヌ・リーヴス)、トリニティー(キャリー=アン・モス)といったおなじみのメンバーが再結集。「レザレクションズ」のタイトル通り、彼らの“復活”が、幾重にも謎が仕掛けられた複雑なストーリーとともに描かれる。
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現代に向けてアップデートされた最新作
第3作以降にも新作制作の打診はあったそうだが、監督のウォシャウスキー姉妹は必然性を感じられず、断っていたという。ではなぜ、このタイミングで続編作りに踏み切ったのか? そこには、ふたりを襲った悲痛な出来事が起因していた。相次いで両親と親友を亡くし、悲嘆にくれていたラナ・ウォシャウスキーは「自分にはまだ『マトリックス』のキャラクターたちがいる」と気づいたそう。そのような想いから始まったとあって、自ら生み出したキャラクターを“復活”させる行為そのものに大きな意義がある作品なのだ。
しかしだからといって、『マトリックス レザレクションズ』がある種の懐古主義に埋没した作品になってしまったかといえば、そうではない。あらゆる面において、これまでの物語からきっちりと連結した整合性と、この約20年間で起こったテクノロジーの進化に呼応するアップデートがなされているのだ。
本作は、『マトリックス レボリューションズ』の闘い以降、再びマトリックスの世界にとらわれたネオが、もう一度解き放たれ、人類たちと共闘する物語になっている。いわば、ある意味で第1作の流れを再体験するわけだが(緑色に彩られたワーナー・ブラザースのロゴや縦型の“マトリックスコード”など、第1作を踏襲したオープニング映像はファンには嬉しい限り)、その中でネオが目にするのは、彼が救った世界の現在。
例えばいまや人類と機械は必ずしも敵対関係になく、「シンシエント」という新たな機械と共存するまでになった。また、マトリックス(仮想現実)内のプログラムが、現実でも特殊な粒子によって実体化できるDSI(デジタル自己イメージ)といったものも登場。さらに、ネオを苦しめた敵・エージェントの存在も古くなり、マトリックス内に存在する群衆を意のままに操る「スウォーム」といったより効率的な技術も描かれ、2021年の映画にふさわしい時代の流れと、それに伴う技術革新がなされている。スウォームの導入によって、ネオに大量の群衆が襲いかかるというド派手なシーンも可能になり(過去作のエージェント・スミス軍団とのバトルと共通項を持たせつつ、一味違った印象を抱かせる上手さが光る)、ビジュアル面でも“らしさ”だけではなく、“新しさ”も付加された格好だ。
また、劇中では過去3作のシーンがフラッシュバックのように挿入され、本作が完璧に地続きの物語であることを強く印象付ける。各々の設定に、ファンならば気になってしょうがない「なぜモーフィアスとスミスのキャストが交代したのか?」という疑問に対する“答え”がしっかりと絡んでおり、必然性が担保されている点も秀逸だ。
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ネオとトリニティーのラブストーリーにも注目
では、ストーリー部分についてはどうか。今回はキアヌ・リーヴスが取材などで「ラブストーリー」と話していたとおり、ネオとトリニティーの“その後”にフォーカスした物語が展開。記憶をなくし、『マトリックス』というゲームを作った天才ゲームデザイナーとして暮らすネオと、「ティファニー」という主婦として生きるトリニティー。一生添い遂げると誓ったふたりが、数奇な運命によって引き裂かれた状態になっているわけだ。そんななか、先に“目覚めた”ネオが、囚われのトリニティーを救い出そうとする、というのがメインのシナリオとなる。
これまでは救世主として人類を平和へと導こうとし、自らの命すらも投げうったネオが、役目を終えた後に望むのは個人の幸せ――という流れも実に美しく、観る側の心情的にも共感できる内容だ。ただ、マトリックス内のトリニティー=ティファニーには家族がおり、ネオは逡巡する。彼女にとっての幸せとは、どちらなのか? それを自分が決めてしまってよいものなのか? 『マトリックス』のテーマの一つである“選択”が、本作ではふたりの愛を試す装置としても機能しているのだ。ちなみに過去シリーズでは「マトリックスの中に戻りたい」という思いから仲間を裏切る人物もおり、赤いピルを飲む=真実を知る、が必ずしも幸福ではない、というスタンスも『マトリックス レザレクションズ』の下地として効いている。
人類VS機械の壮大な闘いから、個人のラブストーリーへ――。「始まりがあるものには終わりがある」とは『マトリックス』の有名なセリフだが、終わりの“先”に踏み込んだ『マトリックス レザレクションズ』。この先にあるのは本当の終わりか、あるいは次の始まりか――。その“選択”は、ラストシーンを観た観客一人ひとりに委ねられているのかもしれない。
『マトリックス レザレクションズ』
監督/ラナ・ウォシャウスキー
出演/キアヌ・リーブス、キャリー=アン・モスほか 2021年 アメリカ映画
2時間28分 12月17日よりTOHOシネマズ新宿ほかにて公開。
https://phantom-film.com/blue/
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