お笑い芸人、役者、小説家、映画監督──。多彩かつ多才な表現者・劇団ひとりの次なる挑戦は、幼少期から憧れた〝原点〟であるビートたけし、その若き日を描いた映画『浅草キッド』の監督だ。柳楽優弥がお笑い芸人のタケシに扮し、師匠・深見を大泉洋が演じた人情劇。昭和40年代の東京・浅草を舞台に、ふたりの絆と芸人の儚さがノスタルジックに描かれる。
劇団ひとりが本作の脚本に着手したのは2014年の5月。『青天の霹靂』に続く監督作として意気込むも、「できそうでできない宙に浮いた状態が続き、いろいろなスタジオをたらい回しにされた」という。約7年もの間、雌伏の日々は続いた。さらに、コロナ禍の波が襲いかかる。
「ようやくNetflixが拾ってくれたのですが、クランクインの日に緊急事態宣言が発出されて……。神様が撮らせないようにしているんじゃないかと思いました。人を集めることも難しくて、特に苦労したのは観客を入れた劇場のシーン。この状況がうまく働いた面もありましたが、総じていえばピンチの連続でしたね」
そんな逆境で支えになったのは、これまでさまざまなフィールドで培ってきた経験だった。
「今回のように企画から立ち上げたものだと、思い入れが強いぶんやりたいことをやり過ぎてしまう危険性がある。でもそうすると、お客さんには伝わりにくくなる。お笑いにも同じところがあって、たとえばボケる前にはフリを入れるなど、常日頃から気をつけています。『浅草キッド』だとわかりやすいのは、時代・場所をあえて説明するテロップの部分。自分のやりたいことを曲げてまで迎合する必要はないけど、芯の部分は変えずに、なるべく多くの人に伝えたい。〝最大公約数をとる〟ことを、いつも以上に意識しました」
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完璧な準備があってこそ、現場での感覚を信じられる
常に最善手を選べるように、目線はフラットに、固執しない。
「もうこれ以上やれることはないというくらいに準備して現場に入っても、いざその場に立つと違和感が生まれたり、思い浮かばなかったアイデアが突然出てくることもある。基本的には、そのとき感じたことに間違いはないと思っているし、現場での感覚を信じたほうがいいものができる」。ただそれは、準備したからこそ到達できる境地だという。
「100準備するところを80で現場に入ったら、頭の中は残り20をどう埋めるかで支配されてしまう。完璧に準備したと思えているから、新しいアイデアに対して『そもそも用意したプランが間違っていたんだ』と気づけて、180度舵を切ることができるんです」
その意識は演出術にも通ずる。「僕の感性は、とっくに枯渇しています(笑)。だからこそ周りの人の力を最大限借りるんです」と語る劇団ひとりは、監督の仕事は注文を付けることだと定義する。
「どうしたらその人の最大のポテンシャルを引き出せるかは常に考えていますね。そのために、注文を付ける際には『好き』『嫌い』くらいに単純な言葉にしています。僕が具体的に言い過ぎると、そこがゴールになってしまうから。作品に関わった全員が楽しんで、自分のアイデアを出してほしい」
役者が何度もやりたくないであろうシーンはなるべくカットを割らないなど、劇団ひとりの映画づくりには随所に気配りがにじむ。
「映画ってお金もかかるし、独りではつくれない。特に今回は自分が立ち上げて、そこにたくさんの人が集まって協力してもらっている。だからこそ結果を出したいですね。大ヒットしてほしいし評価も欲しい。世間の評価が、関わってくれた人への恩返しになるから」
「お笑いも好きだけど、お笑い芸人が好き」とほほ笑む。その芸人愛の頂点にいるビートたけしへの感謝は、尽きることがない。
「僕がいろいろなことに挑戦できているのは、たけしさんという先駆者のお陰。監督業は時間も拘束され、本業を疎かにしなければできないことです。そんな時に『いや、たけしさんがやってますから』と言える。これほど無敵の言葉はないですよね」
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WORKS
著書『陰日向に咲く』 幻冬舎
2006年に上梓され、発行部数100万部超のベストセラーとなったデビュー小説。6人の苦労人に訪れる、ささやかな人生の転機を見つめるオムニバス作品。2008年には平川雄一朗監督、岡田准一主演で映画化された。
映画『青天の霹靂』
自身の小説を映画化した初監督作。大泉洋扮する売れないマジシャンが昭和の浅草にタイムスリップし、若き日の父親(劇団ひとり)とコンビを組む。Blu-ray&DVD発売中。発売元:アミューズソフト、販売元:東宝
映画『浅草キッド』
芸人を志す青年タケシ(柳楽優弥)が、浅草の花形芸人・深見(大泉洋)に弟子入り。愛ある叱咤を受けて才能を開花させるも、時代の流れが、ふたりの絆を変容させていく。Netflixにて12月9日から全世界独占配信。
※この記事はPen 2022年1月号「CREATOR AWARDS 2021」特集より再編集した記事です。