世界的に男女平等が叫ばれる中、日本の多くのメディアや広告は、女性が共感できる女性像を描写することに苦労しているという話を、以前の記事に書きました。
しかしじつは、男性も「男らしさ」の暗黙のステレオタイプに悩まされ、女性とはまた違う、生きづらさを感じていると言えます。そこで今回は、Getty Imagesで導き出したビジュアルインサイトに基づき、よりインクルーシブな「男性のビジュアル表現」に関して考えてみたいと思います。
Getty Images における過去1年間、日本男性のビジュアルの売れ筋を見てみると、人気第1位は、ビジネステーマ。男性が家族との時間や余暇を楽しむ姿ではなく、仕事に懸命に取り組む、まさに伝統的な「夫は外で、妻は家」を想像させるような男性像をビジュアル化したものでした。
しかもそのような仕事に打ち込む男性は、女性よりも25%も多くビジュアル化されています。古くから続く文化は、残念ながらビジュアルの世界にも影響を及ぼし、広告やメディアにおいても「男性は家族の大黒柱である」「男だから頼もしくなければいけない」「男は泣くもんじゃない」といった、間違った男らしさの呪縛から解放されていないようです。
そのようなプレッシャーから、男性は「有害な男らしさ」という観念を植え付けられ、それらが男性のメンタルヘルスに悪影響を及ぼし、女性蔑視や憎悪犯罪を引き起こすといった悪循環も指摘されています。
現に2020年の日本における自殺者は約21000人。うち男性が女性の約2倍と言われています。また厚生労働省の調査によると、男性は女性よりも仕事や職業生活に強い不安やストレスを感じる傾向があり、職場以外において、それを相談できる人が少ないとのこと。したがって問題や差別をなくすためにも、男性自身が「有害な男らしさ」から解放されることは社会全体にとって大変重要なことであると言えます。
さてGetty Imagesで行ったVisual GPSの調査によると、コロナ禍の不安定な2年弱を経て、日本の男性消費者の約半数が、自らのライフスタイルや優先事項の見直しをしているという回答を得ました。
赤ちゃんを抱っこして、保育園の送り迎えをする男性、買い物袋や洗濯ものを持って子供と歩く男性をよく見るようになったと感じるのは、私だけでしょうか? 広告の世界においても、主婦が洗濯物をパッと広げて干す姿から、洗濯男子たちがこだわりの洗濯をする姿に切り替わっている気がします。ただし、多くの男性が育休を申請することはまだ少ない、というのが実状のようです。
日本の出産休暇制度は世界でもトップクラスに充実していると言われますが、実際には6%しか利用されていません。一方で、男性の育休をより柔軟にするための法案が衆議院で可決されたのは、前向きな動きと言えるかもしれませんが、「育児をしない父親は許されない」とか「これからの男子は家事もできなくては」のような、社会が作る新しい理想の男性像により、新たな生きづらさが生まれなければいいなとも思います。
さて、もう一点。Getty Imagesの調査によると、日本の男性の約50%が偏見に遭遇したことがあると回答。男性の差別理由のトップ3は、上から順番に、「体型」「年齢」「人種・民族」でした。(ちなみに女性の差別理由のトップ3は、上から順番に「年齢」、「体型」、「ライフスタイル」です)
日本の男性64%もまた、自分が共感できる人たちがメディアや広告の中で表現されていないと感じており、これは世界平均の52%よりもはるかに高い数値となっています。ここでもまた、「男性らしさ」と聞いて思い浮かべる、強さ、鍛えられた体格、頼もしさなど、過剰な男らしさへのこだわりが、男性たちを苦しめていることがわかります。
では、これらの結果を受けて、どうすればよりポジティブな男性らしさをビジュアル化できるのでしょうか。
鍵となるのは、男性の幅広い感情や行動を描写し、男性が自分自身や他人を労わり、思いやりを持って行動ができるかを示すことです。ビジネスにおいても、日常のライフスタイルの場面でも、無意識のうちにステレオタイプの男性像を選んでいないか、常に自分自身をチェックすることが重要と言えます。
· 男性の家庭での様子を表現していますか?
仕事をしながら子供の世話や、家事を分担したりなど、家庭内の活動を担う男性を、ポジティブに描写していますか?
· ほかの人と協力して作業する男性の様子を表現していますか?
職場や家庭以外にも、男性の居場所は存在します。職場でも、家庭の内外でも様々なタイプの人たちと時間を分かち合っている男性を表現しているでしょうか?
・様々な体形やスタイルの男性を表現していますか?
男性の身体にもそれぞれの個性があります。心身ともに健康や幸せであることに目を向けて、男性の多様なボディータイプを描写しているでしょうか?
・男性のセルフケアの様子を表現していますか?
セルフケアは女性が行うものと思われてきましたが、男性のセルフケアもそれほど大差はなさそうです。
・ジェンダーの固定観念に囚われていないでしょうか?
たとえば、特定のタイプの服、色の選択、スタイリングなどに関しても考えることも重要です。
2019年に物議をかもした米ジレットの「We Believe: The Best Men Can Be」というCMがありました。
剃刀など、ジレット商品はまったく登場せず、「男性は本来の正当な男性らしさを取り戻すべきだ」というメッセージの長いコマーシャルで、「有害な男らしさ」 の例が次々映し出され、暗い気分になったのを思い出します。
コロナ禍において、消費者はメンタルヘルスの重要性を促すような、心の健康を表現するビジュアルに反応することがGetty Imagesの調査でもわかっています。
これから先、誠実さ、優しさ、安心、平和、といった価値観をビジュアルで示すことが重要になってきます。したがって、「ネガティブな男性らしさ」 ではなく、「ポジティブな男性らしさ」についてさらに考えていくことが大切なのではないでしょうか。
Getty Images/iStock クリエイティブ・インサイト マネージャー
ビジュアルメディアの学歴を持ち、映画業界に従事。2016年からはGetty Images/iStockのクリエイティブチームに所属。世界中のデータや事例をもとに、広告におけるビジュアルの動向をまとめた「Creative Insights」を発信。多くのクリエイターをサポートしながら、インスピレーションに満ちたイメージ作りを目指している。
ビジュアルメディアの学歴を持ち、映画業界に従事。2016年からはGetty Images/iStockのクリエイティブチームに所属。世界中のデータや事例をもとに、広告におけるビジュアルの動向をまとめた「Creative Insights」を発信。多くのクリエイターをサポートしながら、インスピレーションに満ちたイメージ作りを目指している。