DOMMUNE主宰・宇川直宏が、新潟県佐渡島に音響モニュメントを“インストール”。第一弾はテリー・ライリー

  • 文:佐藤 啓(射的)
  • 写真:さどの島銀河芸術祭事務局
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ライブストリーミングスタジオ「DOMMUNE」を主宰する宇川直宏のアートプロジェクト「LANDSCAPE MUZAK」。プロジェクト発足から約2年の制作期間を経て、2021年9月に新潟県・佐渡市の芸術祭「さどの島銀河芸術2021」で、第一弾の音響モニュメントが披露された。

記念すべき第一弾に迎えたアーティストは、音楽におけるミニマルミュージックの創始者のひとりであり、現代音楽家の巨匠テリー・ライリーだ。

「LANDSCAPE MUZAK」のプロジェクトの背景、“1000年持続する”ように設計されたという音響モニュメントはどのようにしてつくられたのか。プロジェクトの主宰者である宇川直宏とテリー・ライリー、テリー・ライリーの弟子である宮本沙羅の三者の鼎談をお届けする。

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「LANDSCAPE MUZAK」プロジェクトの始まり

宇川直宏(以下「宇川」): 「さどの島銀河芸術祭」でのDOMMUNEによる最新プロジェクト「LANDSCAPE MUZAK」は、世界中の音楽家の方々に佐渡島を視察していただき、心に響いた集落にサウンドトラックを与えていただき、現地でのライヴ収録をしてその後ストリーミング、さらにその世界観を彫刻化し、佐渡島の各地に音響モニュメントをインストールしていくという途方もないプロジェクトなのですが、その第一弾としてテリーさんに参加をお願いしたわけですけど、それをきっかけにテリーさんはもう一年半以上も日本にいらっしゃるんですよね。

テリー・ライリー(以下「テリー」): 2020年の2月に視察に訪れて以来なので、もう21カ月になります。

宇川: 本当にありがとうございます。まず、このプロジェクトのコンセプトを僕が考え出したのが2年前です。その段階で「LANDSCAPE MUZAK」の第一弾は、テリーさんをお誘いすることが、ふさわしいと思い始めて、お弟子さんである宮本沙羅さんにはその当初からずっとお付き合い頂いているので、沙羅さんとももう2年以上やりとりを続けていることになりますね。

宮本沙羅(以下「沙羅」): こちらこそ、素晴らしい機会を頂き、ありがとうございます。

宇川: そんな長期にわたるプロジェクトが今回の「FRACTAL CAMP」でのライヴパフォーマンス、そして音響モニュメントの除幕式でようやく着地するわけですけど、あらためてプロジェクトについて振り返ってみようと思います。テリーさんは本来、2020年の2月に佐渡の視察の後ニューヨークから始まるツアーに出る予定だったんですよね?

テリー: そうですね、アメリカのあとはヨーロッパを周る予定でした。

宇川: 当時どんな時期だったかと言うと、ダイヤモンドプリンセス号で船内感染が広がり、Covid-19のクラスターが発生して、世界中から日本の感染対策の緩さが叩かれていた時期だったんですよね。当時はそんな日本の状況を横目に、このタイミングでテリーさんを視察に招聘すること自体、果たして正しいことなのか、当時みんなで深く考えていました。テリーさんとも何度もメールでやり取りさせていただいた中、「もしウイルスに感染してもそれは私のカルマなので心配いらない」というお言葉を頂き、その上でご決断頂いて、テリーさんは来日されたわけです。私たちはこの言葉に強く心を動かされました。

テリー: よく覚えています。

宇川: テリーさんが佐渡に行く決断をされていなかったら、「LANDSCAPE MUZAK」というプロジェクトの形自体大きく変わったはずです。ずっと遠隔でやりとりし、テリーさんが実際に日本に訪れることは不可能な中で進めていたかもしれないですね。テリーさんは当時84歳だったわけですけど、その後二度もここ日本で誕生日を迎えらえているわけで、その間に僕たちは、視察の映像をロードムービーにまとめ、その後野外でのライブを収録をしたり、音響モニュメントを一緒に制作したりと、プロジェクトは着々と進行していった訳です。その中で、85歳を超えてこんなに大きく人生が転換するようなタイミングを迎えるなんて考えてもいなかったと仰っていたのが、とても強く印象に残っています。

テリー: 今もこうして日本に住んでいること自体、本当に奇跡的な体験をしていると感じています。

宇川: 本当にそうですよね。沙羅さんのサポートも大きかったのではないかと思います。

テリー: 彼女のサポートなしに日本の社会に馴染み普通に生活する事はできなかったので、とても感謝しています。

宇川: テリーさんと沙羅さんの師弟関係についても少しお伺いしてもよいですか?

沙羅: もともとテリーさんからインドの古典音楽のラーガの歌唱法を習っているんですけど、テリーさんがアメリカで私が日本に暮らしている時は、ビデオ通話を使ってレッスンを受けていました。テリーさんのお住まいが山の中で、インターネットの環境があまり良くなくて、お互いにやりづらさを感じていた時で、もうこのスタイルではレッスンはできないと言われ、途方にくれていたんですよ。またまとめてアメリカに行ってレッスンを受けて戻ってというのを繰り返す人生になるのかなと思っていたところだったんです。

宇川: それが我々のこのプロジェクトとパンデミックによって大きく変わったんですね。

沙羅: そうなんです。コロナの間、テリーさんの安全をどう確保するかを考えて、まずは私の地元の山梨県北杜市にある、両親が祖母のために持っていた家に住んで頂いて、芸術祭の実行委員の方にもすごくお世話になりながら長期滞在のビザを取ったり、去年はもうずっと奔走していました。
そのうえで、テリーさんの生活のサポートをしながら、日常の中にどのように音楽が存在するのかを目の当たりにしながら、今度は自分の日常の中に照らし合わせていったんです。歌だけでなく、音楽とは人生の中でどういう風に向き合っていくものなのかを見せて頂いてる感じです。

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2021年9月に行われた「さどの島銀河芸術2021」の企画としておこなわれたフェス「FRACTAL CAMP」でのライブパフォーマンス「WAKARIMASEN」。

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“1000年後にも持続する”音響モニュメントとはなにか

宇川:  「LANDSCAPE MUZAK」は、沙羅さんの人生も変えてしまうプロジェクトになってしまいましたが、複雑なレイヤーを持つこのプロジェクトは、テリーさんはどのように感じられていますか?

テリー:  私にとっても大きな挑戦になりました。もちろん、ホワイトキューブのギャラリーなどでその場所の雰囲気にあわせて音楽をつくったり、ということは経験したことがありましたが、この規模感でのチャレンジングなコンセプトに向き合うのは初めてだったので。クリエイションだったりデザインについてより、宇川さんが話していた「1000年残るものをお互い考え合いましょう」という呼びかけに対して、自分なりにかなり深く考えました。
我々が普段使っているモダンテクノロジーは、1000年後にはもう使われていないかもしれない。だからテクノロジーは使わずに創作をしようと決め、今回のライブ用に作曲した「WAKARIMASEN」という曲でも使っているんですけど、チャイムを使うことにしました。ダグ・エイケンさんというアーティストの作品に365個のウィンドチャイムを用いたインスタレーションがあるのですが、そこからインスピレーションを受けた部分もあります。

宇川:  最終的にインストールする作品がサウンドモニュメントであるというプロジェクトなので、音の放ちかたはもう100通りあると思うんですよ。その中でコンセプトを話し合う上で形になっていったのがチャイムで、これは確実に1000年後も、叩くだけでテリーさんが佐渡に与えてくださったメロディが奏でられる。
いわゆるメディアアート、平たくいえばテクノロジーは日進月歩で進化を続けているので、例えばホログラフィックなテリーさんが現れ演奏をすることもできました。でもそのテクノロジーが1000年間同じようなフォーマットやデバイスで生き残るかと言ったら、絶対にありえないと思っていて、そこをテリーさんに見極めて頂きました。
もっともシンプルな奏でる方法。つまり、打つ、撫でる、鳴く、叩くというような人間の根源的なアクションと音、そして音響が結びついた形で、今回の作品は、テリーさんが佐渡を視察した時の体感が共有できるような構造になっているんじゃないかと思うんです。インストール場所として選ばれたのが北沢浮遊選鉱場跡なのですが、そこを選ばれた理由について改めてお伺いできますか?

テリー:  あの空間を見た時、メキシコにある遺跡のことを思い出しました。金山とか選鉱場ではなく古代遺跡に見えるなというのが最初の印象で、個人的に古代遺跡でかつてそこに暮らした方々がどう生きて、どんなものを大切にしてきたかを感じることが好きで、すごくあの場所に惹かれましたね。
去年、そこで演奏もさせて頂いてサウンドモニュメントもこの場所が見渡せる場所にインストールしたいと思いました。最初は、高台の上のお寺の鐘の側に置く予定で、宇川さん達とその場所も視察しました。しかしその場所は、地盤的な問題があるとの報告を受け、反対側の丘に置くことになりましたよね。しかし、そのことで、逆に海にも近くなって、山も選鉱場も見渡せて、背景としも素晴らしい場所だと思っています。

宇川:  佐渡とテリーさんがお住まいになっていたアメリカ西海岸との共通点を見出されたという話もされていましたけど、僕も90年代のジェントリフィケーション以前の、良き時代のサンフランシスコに3年住んでいました、たしかに、50年代は金脈に殺到した採掘者が沢山いたと聞きます。ほかにはどういったところに共通点を見出されたましたか?

テリー:  まずは、海岸線ですね。特に私が住んでいる北カリフォルニアの海岸線と佐渡が似ていて。サンフランシスコより北側なのですが、気候的にも佐渡がたまに見せる天候とすごく似ているところがあります。あとおっしゃる通りカリフォルニアでもシエラやネバダの近くでは1850年代はゴールドラッシュの時代があったり。地形的、気候的なリンクを感じつつ、そういう、かつての名残を感じるような選鉱場で演奏した時に、豊かなコネクションを感じました。

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本人の手を模した石像。素材にはテリー・ライリーがインドで音楽哲学を学んだことにちなみ、インド産の石が使用されている。

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1000年後に語り継がれる神話、「WAKARIMASEN」

宇川: 写真をお見せするとこのような巨大なモニュメントを私たちはいま作っておりまして、これはテリーさんの手を立体化した作品です。この石像は中国で製作しましたが、重要なのは石。テリーさんはインドで音楽哲学を学ばれたので、僕はインドの石をセレクトしました。

テリー: それは知りませんでした。大変な驚きです。

宇川: そもそもなぜこのサウンドスケープというプロジェクトをやろうと思ったかというと、テリーさんと一緒に視察をする前段階として、新潟大学名誉教授の池田哲夫先生と自分が佐渡を視察した時に、すごく気になったことがあったんですね。テリーさんや沙羅さんにも今初めて伝えていると思うんですが、佐渡には動物の慰霊碑が沢山あるのですよ。佐渡は捕鯨をしないのですが、数百年前に巨大なクジラが1頭打ち上がったらしいんですよ。それ以降もクジラは打ち上がり、鯨の慰霊碑が佐渡には複数あることに僕は気づき始めました。先生に教えて頂いた限りで三つはあります。

面白いことにその慰霊碑にはそれぞれの集落のだれがどこのパーツを何グラム頂いたかが、明確に記載されている。つまりどういうことかというと、死んで海岸に打ち上げられたクジラを海からの恵みとしてありがたく受け取り、生命の糧として、地域の住民がクジラの身体を分かち合って生活が潤った。その詳細なデータが石に刻まれて現代にも伝承されているのです。僕はこのことを本当に途轍もないことだと思っていて、つまり言い換えるとレシートとか家計簿とか、その集落の会計予算の内訳みたいなものが石に刻まれて、数百年も記録として残ってるということと同義なんですよ(笑)。もの凄くアメイジングなストーリーなんですね。

テリー: 大変面白い着眼点ですね。

宇川: 今回の私たちの「LANDSCAPE MUSAK」というプロジェクトは、佐渡島の土着的な環境と、それぞれの集落に、テリーさんが向かい合って下さった旅の記録と、そこでテリーさんが見つけて下さったクリエイティビティを、我々DOMMUNEがプロデュースし、制作して、佐渡島にインストールした掛け替えのないコラボレーションとなりました。そしてそのタイトルが「WAKARIMASEN」。つまり、300年前の「いただきます」「ごちそうさま」と同じようにテリーさんの「わかりません」という感情と想い、そしてその音が、ここから1000年後にも響き続け、人々の心に伝わる。そのようなメモリアルなサウンドモニュメントとして着地しました。

そしてもう一つは、このプロジェクトに端を発したテリーさん自身の物語もこの集落に残っていくのだと考えています。つまり、テリーさんがコロナ禍中にも関わらず、佐渡に降りたってくださって、そこから島を体験し、しかし母国の感染率増加により、帰国できなくなり、日本に移住する決断をして下さった。その後日本で育まれた(はぐくまれた)関係性によって生まれた音が1000年、2000年と残っていく。このような、大長編の神話的スパンでこの作品が佐渡島にインストールされるのだ、ということを、噛み締めて、皆さん体感していただけましたら大変嬉しく思います。お披露目は明後日です。そして明日、ついに今日話してきたテリーさんのライブがあるのでぜひ体感してからみてもらいたいと思います。

テリー: ありがとうございます。壮大ですね。「WAKARIMASEN」というコンセプトについて少しだけ追記すると、大自然やスピリチュアルな存在自体を、こういうものだと一方的に決めつけるのでなく、「わかりません」という謙虚な気持ちを持った上で学び続けるものだということを伝えたいと思っています。自分自身、そんな気持ちを常に持ち続けたいという想いを込めて、作品のタイトルにしました。

宇川: 素晴らしいです!「いただきます」「ごちそうさま」が感謝の念ならば、「わかりません」は学びに対しての謙虚な想いなのですね。それが1000 年残っていく、と。テリーさん、21ケ月の間、コラボレーション頂き、本当にありがとうございました。

沙羅: 最近はいろんなことがどんどん流れていくことが当たり前の時代にこういうプロジェクトを宇川さんが作ってらっしゃることが本当に大きな意味があると思います。ありがとうございました。

宇川: こちらこそです。最後に、なぜ石かというと、純粋に1000年残したいからなのです。僕はメディアアートも大好物ですが(笑)、今回のプロジェクトは消費されゆくテクノロジーでは意味がないのです。石というメディアの純朴さ。沙羅さんが言ったように、現在はSNSを筆頭に、フロー型のメディアが多すぎますよね。ニュースはログとして残っていく、しかし、どんどん加速し流れていく。この怒涛の情報社会の中で、絶対的に純朴なメディアを僕は探していました。それが石だったのです。石に刻まれた芸術、そして民話に今回は着目したのです。そしてこの民話はやはり物語なので、時とともに神話として成長して行くものだと考えています。

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音響モニュメント「WAKARIMASEN」は、佐渡島の相川・北沢地区にある北沢浮遊選鉱場跡にほど近いエリアに設置されている。

テリー・ライリーと宮本沙羅のライブパフォーマンス「WAKARIMASEN」は、有料のアーカイブ配信で楽しむことができる。

配信期間:2021年11月1日〜12月31日

料金:3,000円

配信コンテンツ:
・DOMMUNE Presents 「LANDSCAPE MUZAK」PROJECT SADO #1  
テリー・ライリーライブパフォーマンス「WAKARIMASEN」 with 鼓童、Salyu
・灰野敬二
・OLAibi
・角銅真実
・solo solo solo
・鬼太鼓パフォーマンス
・おやすみムードミューン(MOODMAN+YOSHIROTTEN+KANATAN) など

<チケット>
https://fractalcampondommune2.peatix.com
<公式グッズ付きチケット>
https://sado-art.shop-pro.jp/
<公式サイト>
さどの島銀河芸術祭2021

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