焼鳥界の新しき刺客は九州から、豪徳寺「焼とりダービー」

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    小学生の頃、見渡す限り同じ職業の人が住む旧国鉄の官舎で育った。今のJR九州、当時は門司鉄道管理局、門鉄と言った。博多から北九州に向かって、3つ目の駅。香椎駅には操車場もあったので、何百人もの人たちがそこに暮らし、1つの街を形成していた。誰かがそこに越してくる時、誰かがそこから越して行く時、国鉄コミュニティの奥さんたちが集まって膨大な数の「かしわめし」を作り、何段もの「もろぶた」に並べた。歯応えのある親鶏を使い、ゴボウやニンジンなどを入れた炊き込みご飯だ。

    IMG_6759.JPG大将のイラストが描かれたグラスの登場から、エンターテイメントな福岡流焼とりの時間が始まる。

    引越しはそのまま栄転を指していたから、ハレの日には欠かせないかしわめしのお結びを作る。慌ただしい引越しの合間に、手伝いに来た誰もが食べれるようにするためだ。かしわめしは、九州人のソウルフード、柔らかいうどんや、硬い豚骨ラーメンの店にも置かれていて、人々は料理を待つ間、皿に盛られたかしわめしを各自でテーブルに運んだ。

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    食べ放題の酢キャベツと共に供されるのは、博多名物・高級な鶏の水炊き屋を思わせる澄んだ上品なスープ。

    鶏はいつも、日常の中にあった。福岡の町中には戦国武将の名前の焼とり屋が並び、高級な水炊き屋も数多い。しかし、九州の焼とり屋のスターは鶏ではなく豚だ。東京の焼とりとは違うエンターテイメント性を持つ、九州・福岡流の焼とりを無性に食べたくなった。

    焼鳥界のレジェンド、品川「鳥てる」改め、今は大森「Sintolitel(シン・トリテル)」の青木さんが「あそこは凄いよ」と推す福岡流焼とり屋が豪徳寺にあると言う。大将は、どうも九州の人らしい。居ても立ってもいられなくなり、僕は三軒茶屋から世田谷線に乗り、山下駅に向かった。目指すは、「焼とりダービー」だ。

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    日替わりのおばんざい盛りをつつきながら、焼き上がる串たちを待つ。このおばんざいが、どれも抜群に旨い。

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    店名のダービーは大将・福田さんの子供の頃のあだ名。競馬ごっこばかりして遊んでいたからダービー。

    福岡を代表する焼とり屋、「八兵衛」を訪れた東京人たちがまず驚くのは女性スタッフのTシャツに輝く「BUTABARA」の文字だろう。なぜ焼とり屋なのに、豚バラ? しかも、冷蔵ケースの中には様々な旬の野菜や牛肉まで入っている。福岡では串に刺せるものなら、何でも焼とりにする。その楽しさとおいしさが多くの人たちを惹きつけ、八兵衛は東京にも進出した。

    焼とりダービーの大将・福田さんは、八兵衛や、同じく福岡の人気店、「弥七」で修行した店主が開いた福岡の「六角堂」で焼きを学び、さらに焼とりの激戦区、吉祥寺で腕を磨いた。

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    まずは白子の登場、そのプリプリの食感を活かすための絶妙な火入れに大将の並々ならぬ技量が発揮される。

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    九州ではスナズリの名称で愛される砂肝は、コリコリとした食感と絶妙な塩加減が食欲を刺激する。

    福田さんは、佐賀県・有田出身。近隣の唐津と同じく、焼きもので有名な土地だ。使っている食材も、みつせ鶏、伊万里牛と佐賀県の物が多い。みつせ鶏はフランスの肉用鶏を系譜に持つ銘柄鶏で、しっかりとした肉質の中に鶏の滋味が満ちている。ほかには、東京では珍しい爆ぜる肉汁のスペシャリテ、長崎対馬地どりも用意されている。

    玄界灘の果てに浮かぶ対馬は長崎県だが、昔は唐津から壱岐対馬フェリーが出ていて佐賀と馴染み深い。実は現地では絶滅に瀕していた対馬地どりに、「龍軍鶏(たつしゃも)ごろう」を交配して風光明媚な雲仙の地で生まれたのが長崎対馬地どりで、都内では数軒の高級レストランにしか卸されていない。

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    著名な九州食材のひとつである馬刺しは、熊本から取り寄せた最高級のもの。サイドメニューの充実ぶりに目を見張る。

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    フランス系肉鶏をルーツに佐賀県の山間部で育てられるみつせ鶏は、適度な脂と鶏本来の肉のおいしさが際立っている。
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    炭火を活かすも殺すも、絶妙な団扇使いにかかっている。温度調節がきかない炭火の焼きの良し悪しを決める大切な道具だ。

    一見、強面の大将、福田さんは話すと温和で、その繊細さがすべての焼きに発揮されている。新しい串が置かれる度に、素材ごとの旨みを引き出した味わいに驚かされる。炭の特質を知り尽くした温度管理と、丁寧な串打ち、巧みな塩とタレ使い。中でも素晴らしいのは、その団扇使いの所作。あれ程美しく、的確な団扇のダンスを経験したのは、渋谷のんべい横丁の名店「鳥福」のお父さん以来だ。

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    茄子は一度素揚げしてから焼き、レバーは表面だけをカリッと中はジューシーなままで。一本一本の串に繊細な技が光る。

    驚くのは、串だけではない。福岡の水炊き屋のように、上品な鶏スープから始まる福田劇場はおばんざい盛りや熊本産の馬刺し、ホタテと岩のりのおからサラダなど、サイドメニューのおいしさに驚かされる。串も福岡の主役、豚バラを筆頭に、同じく豚バラで色々な食材を巻いたレタス巻やトマト巻、モッツァレラチーズ巻など、見た目の楽しさとおいしさの同居に心が躍る。中でも、半熟玉子をそのまま巻いた半熟玉子巻の登場には、あちこちのテーブルで歓声が起きる。

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    東京の焼鳥では半熟のうずら玉子が登場することが多いが、福岡流は豪快に半熟の鶏卵を豚バラの薄切り肉で巻く。

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    みつせ鶏と長崎対馬地どり、両方の味比べも楽しい。ただ、希少部位や長崎対馬地どりは早い時間に売り切れてしまうので注意。

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    いつも頻繁に動かしている鶏の首部分、せせりのおいしさは絶品。そっと仕込まれた大葉が、さらに鶏の味を引き立てる。

    もちろん、鶏のおいしさは言うまでもない。九州で砂ズリと呼ばれる砂肝やレバー、せせり、ナンコツ。貴重なふりそでやソリレスなど、そのすべての味わいを活かし切った焼きは東京の有名店と並ぶ技術。それでいて、価格は福岡を思い出す気軽さ、瞬く間に予約が取れなくなったのは当然の結果だろう。

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    サイドメニューや季節の串類は、四季折々で変わることも多いのでSNSで確認してから臨みたい。

    近年、佐賀牛や日本酒で話題になることが多い佐賀だが、鶏のおいしさも群を抜いている。佐賀を中心にした九州食材と、有田焼や唐津焼などの食器、九州にこだわったラインナップは近年を代表する人気店、酒井商会・総和堂の酒井くんを思い出させる。九州男児ならではのバイタリティと情熱、実は繊細な感性を併せ持った新しいスターの登場で、福岡流の焼とりは東京を熱くするだろう。

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    福岡流焼鳥のスーパースター、豚バラ。こんがり焼けた豚バラの脂のおいしさは、炭火ならではのもの。

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    丁寧にとられたスープにジューシーな鶏チャーシュー、九州の細いネギと細い麺。鶏そばの完成度の高さに驚く。

    果たして、何で〆ようか?焼とりダービーで悩むことがあるとしたら、恐らくはそれくらいだ。専門店並みのクオリティを持つ鶏そば、スパイス好きの大将がこだわり抜いたカレー、炭火の香りがたまらない焼おにぎり。食べ放題の酢キャベツから始まって、多彩な〆で終わる。福岡流焼とりの楽しさとおいしさにはまって、豪徳寺・山下商店街通いをする人たちが続出しそうだ。

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    『焼とりダービー』

    東京都世田谷区豪徳寺1-44-8

    03-6804-4214

    森 一起

    文筆家

    コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。

    森 一起

    文筆家

    コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。