ウォルト・ディズニー・カンパニーがグローバルで展開するディズニー公式の定額制動画配信サービス、ディズニープラス。2019年11月にアメリカ、カナダ、オランダでサービスを開始し、2020年6月に日本に上陸した。NetflixやAmazonプライム・ビデオ、AppleTV+などのグローバルサービスや国内のU-NEXTなど、日本の動画配信サービスの市場も群雄割拠。各社が差別化を図り、それぞれの路線を打ち出している。そんなディズニープラスのアメリカ以外の国における戦略の一つが、日本では「もうディズニーだけじゃない」を標語に10月27日から新たに加わったブランド「スター」である。
新ブランド「スター」とは?
いきなり「スター」と言われてもわかりにくいと思うので、順を追って説明していこう。そもそもディズニーと言えば、圧倒的なIP(知的財産)が最大の強みだ。ディズニープラスは『マンダロリアン』や『ロキ』といった「スター・ウォーズ」や「MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)」のオリジナルシリーズを筆頭に、IPを活用した「ここでしか見られないコンテンツ」の打ち出し方など、エコシステムがうまく機能している。一方で、この市場のフロントランナーであるNetflixのような、動画配信サービスならでは刺激の強い大人向けの作品や日本発のオリジナル作品は、ディズニープラスにはなかった。ある意味では欠けていたその部分を、丸っとカバーするのが「スター」なのだ。
これまでディズニープラスは作品を大きく5つのブランドに分類して独自性をアピールしてきた。『ピノキオ』などの往年の名作から『アナと雪の女王』まで長い歴史を誇る「ディズニー」、MCUの映画とドラマシリーズも充実の「マーベル」、映画全9作やオリジナルシリーズ、ルーカスフィルムと日本のアニメスタジオが組んだ『スター・ウォーズ:ビジョンズ』などを含む「スター・ウォーズ」、『ソウルフル・ワールド』ほかアカデミー受賞作も多い「ピクサー」、そして豊富なドキュメンタリーの秀作がそろう「ナショナル ジオグラフィック」だ。ここに、新たに「スター」が並ぶ。
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「スター」にはどんな作品が並ぶ?
「スター」は端的に言えば、これ一つで"総合エンターテインメント"の体をなすものだ。主軸となるのは、2017年にディズニーが21世紀フォックスの大半を買収して獲得した、FOX関連の映画やTVなどの豊富なアーカイブや新作である。『フリー・ガイ』などのヒット作を手がける20世紀スタジオ、『ノマドランド』などアカデミー賞常連のサーチライト・ピクチャーズ、『サンズ・オブ・アナーキー』など過激でエッジの効いた人気シリーズが多いFXプロダクションズといった旧FOX傘下の製作会社が手がける作品群は、『24-TWENTY FOUR-』や『エイリアン』から『女王陛下のお気に入り』まで、洋画・海外ドラマのファンにとっては定番の魅力的な作品が揃う。
ほかにも、これまでのディズニープラスにはなかったディズニー系列の製作会社の作品も含まれる。たとえば、ディズニーが運営する米ABCネットワークの『グレイズ・アナトミー』や『スキャンダル』といった地上波の人気番組なども「スター」に入ってくるのだ。
またプラットフォームでは、アメリカではディズニーが経営権を持つ米hulu(日本のhuluとは基本別物)のオリジナル作品の最新作などが「スターオリジナル」として加わる。『マーダーズ・イン・ビルディング』や『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』などの話題作がそうで、こちらもディズニーらしさとは異なる秀作が多い。一方で、米huluのオリジナル作品(先に挙げたABCの放送作品も同じ)がすべて「スター」に入ってくるとは限らない。アメリカでは日本と異なりプロダクション カンパニーが企画を売り込むスタイル。よって同じ放送局・プラットフォームの作品でも、権利が製作会社にあるのか放送局・プラットフォーマーにあるのかの区別は難しく複雑だ。そのためアメリカ国内と世界配給権はまた別の契約になる作品もあるので(製作会社からすれば高く買ってくれるところと契約するのは必然)、”グローバルなプラットフォーム”と言っても「世界共通」の内容という意味ではなく、各国でコンテンツにそれなりの差があるのはどのプラットフォームも同じである。
APAC(アジア太平洋地域)のオリジナル作品も
やや話が逸れたが、「スター」でもう一つの柱となるのはAPAC(アジア太平洋地域)のローカルの言語によるオリジナル作品だ。K-POPのスターや人気俳優が出演する話題作が多い韓国を筆頭に、インドネシアやマレーシア、グレーター・チャイナ(中華圏)などに加えて日本のアニメ作品や実写ドラマも登場。新作としてNHKと組んで制作される松尾諭のエッセイ『拾われた男』や、スターダストピクチャーズと組んだ二宮正明の漫画でカニバリズムを描いた衝撃作『ガンニバル』のドラマ化など、ディズニーブランドのもと、こうしたチャレンジングな作品への挑戦を可能にしたのも「スター」があるからと言えるだろう。
ちなみに「スター」という名前は、既存の放送局などの名称と似ているので混乱している人もいるかもしれない。日本ではSTARZPLAY(米ケーブル局Starzの動画配信サービス)やスターチャンネルが先にあった。もちろん双方とも「スター」とは無関係。スターチャンネルに関して言えば、紛らわしい新聞報道により一部で誤解が生じているようだが、日本でディズニーが「スター」という名称を使うことを了承している以外の関係性はないことは記しておく(この件は双方に取材して確認済み)。
「スター」が加わったことによって、文字通りの「ディズニーだけじゃない!」を実現したディズニープラス。見放題で視聴できる「スター」のバラエティに富んだラインナップは質も高いが作品数も多い。そこで海外ドラマファンにおすすめの新作5作品をピックアップ。作品選びの参考にしてみて欲しい。
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おすすめ作品①『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』
1990年代から2000年代にかけて起きた実話と、ベス・メイシーによるベストセラー同名書籍に基づく社会派ドラマ。米製薬大手パーデュー・ファーマーは中毒性が高いことを偽り、疼痛治療薬としてモルヒネよりも強力なオピオイド系鎮痛剤”オキシコンチン”を意図的に社会に広めて、深刻なドラッグ依存症患者を激増させた。この「国家規模の災害」がいかにして始まり、瞬く間に広まったのかを、震源地となった炭鉱町の善良な医師サミュエルと、”痛み止め”として処方され服用し、知らず知らずのうちに中毒になっていく町の人々、警察や検察、そして人を人とも思わない金の亡者であるパーデューの経営陣の所業を通して明らかにして行く。マイケル・キートン、ピーター・サースガード、マイケル・スタールバーグほか演技派俳優が熱演。俳優で監督・脚本家・プロデューサーとしても定評のあるダニー・ストロングが、クリエイターとして脚本、2話分の監督、製作総指揮を手がけて大手製薬会社の闇に切り込んだ力作だ。また第1&2話の監督兼製作総指揮は『レインマン』などのオスカー監督バリー・レヴィンソンが手がけている。米huluのオリジナルシリーズ。
おすすめ作品②『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』
『マイティ・ソー バトルロイヤル』や『ジョジョ・ラビット』などの監督、脚本家、俳優として知られるニュージーランド出身のタイカ・ワイティティと、『レギオン』などの俳優で知られるジェマイン・クレメントが共同監督をつとめた2014年の同名映画のドラマ版。2016年から米ケーブル局FXで放送中の1話30分弱の人気シリーズだ。アメリカのスタテン島で暮らす何百年も生きているヴァンパイアに、ドキュメンタリーのカメラが密着。モキュメンタリースタイルで、ばかばかしくも現代社会への風刺とも言えるあれやこれやをヴァンパイアの日常と、ヴァンパイアに憧れるメキシコ出身の人間ギレルモの視点から浮き彫りにする。批評家好みの秀作ではあるが、思わず吹き出す”ヴァンパイアあるある”から下ネタ、あえてのしょぼいワイヤーアクションなど、波長が合えば無条件に楽しめること間違いなし!
おすすめ作品③『Love,ヴィクター』
ゲイであることを打ち明けられない高校生が主人公の映画『Love, サイモン 17歳の告白』(2018年)のスピンオフドラマ。2020年から米huluで配信中の人気シリーズだ。映画と同じクリークウッド高校に転入生としてやってきたヴィクターは、魅力的な青年ベンジーに心ときめく。だが自らのセクシュアリティに揺らぎがあり、また家族のことなどを考えて思い悩みながら、普通に女の子と恋をして学校生活に馴染もうとする。そんなヴィクターが16歳になり、同級生ミアと付き合いながら自らのセクシュアリティを探求する姿を、みずみずしいタッチで描き出す。多感な10代だからこその悩みをメールでサイモンに吐露しながら、自分のペースで自身の心と向き合うヴィクターの等身大の葛藤、また同級生や親たちの物語は、特に若者層を中心に熱烈な支持を受けている。主演のマイケル・チミノがヴィクター役を好演!
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おすすめ作品④『マーダーズ・イン・ビルディング』
80年代の人気探偵ドラマに主演していたチャールズ、経済的に苦労している演出家のオリバー、謎めいた女性メイベルの3人が住んでいる建物で、男性の死亡事件が発生。実録犯罪ものが大好物という共通項がある3人は、独自の捜査を始めるばかりか現在進行形のPodcastまで始めて注目を集めて行くが……。スティーヴ・マーティン、マーティン・ショートのコメディ界の大ベテランの共演にセレーナ・ゴメスのキャスティングが絶妙。ほかにもネイサン・レインからゲスト出演のスティングまで俳優を見ているだけでも楽しい。もちろん二転三転する犯人探しはミステリーの醍醐味にもあふれているが、実録犯罪のドキュメンタリー番組に熱中する人々を揶揄するようなシニカルな笑いや視点がポイント。クリエイターのマーティンとジョン・ホフマンによるピリリとひねりの効いた、洗練された作品の世界観は1話約30分と気軽に楽しめるが見応えもある。米huluのオリジナルシリーズ。
おすすめ作品⑤『フアン家のアメリカ開拓記』
『クレイジー・リッチ』『ハスラーズ』のコンスタンス・ウーと『アントマン&ワスプ』『ワンダヴィジョン』のランドール・パークが、夫婦役を演じる人気コメディシリーズ。1990年代後半のアメリカ・フロリダ州オーランドを舞台に、ワシントンから越して来た台湾系アメリカ人のフアン一家がアジア人が珍しい町で奮闘する。笑ってホロリとさせられる良質のファミリードラマであるのはもちろんのこと、米ABCネットワークで2015年から全6シーズンにわたり放送された本作は、米国テレビ業界で2010年代に他に先駆けて”多様性”を掲げて有言実行した同局が、地上波でいち早くアジア系にフォーカスした意義のある一作だ。
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