Pen クリエイター・アワード、2021年の受賞者がいよいよ発表! 今年は外部から審査員を招き、7組の受賞者が決定。さらに審査員それぞれの個人賞で6組が選ばれた。CREATOR AWARDS 2021特設サイトはこちら。
審査員特別賞 藤本壮介 選
<COMMENT>
震災から10年、現地とつながり続けていることに感銘を受けた。本人の作品や画家としての力量とは別次元での活動かもしれないが、だからこそ、寄り添う姿勢そのものに賞を贈りたい。
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東日本大震災の直後、被災地の子どもたちに絵本や画材を届けるNPO法人「3・11こども文庫」をいち早く立ち上げた、画家の蟹江杏。ボランティアで訪れた福島県相馬市の避難所となった小学校ではお絵描き教室を実施し、それが3年生の「総合学習」の制作へと発展、福島のいまと未来をテーマに、子どもたちは思い思いの絵を描いた。そのときの約200点もの作品を、蟹江は10年後に返却するという約束のもとに預かり、展覧会を開催して全国を巡回。そして、震災から10年の節目を迎えた2021年の春、18歳になった彼ら彼女らに会いに行き、絵を返却する約束を果たした。
ロンドンで版画と舞台美術を学び、山崎哲の劇団などで絵を描いていた蟹江。アルバイトはもっぱらゴールデン街で、子どもとは無縁のアングラな世界にいたが、舞台上でのライブペイントを観た人から「お絵描きお姉さんをやってみないか」と誘われ、子ども向けアートイベントに出演するようになったという。
「そうしたイベントに家族で来る子は、やる気満々で前向きな、いわゆる“いい子”が多いんです。でも、震災後に避難所の子たちと向き合って、最初はとても太刀打ちできないと感じた。みんな集中できず、やる気もない。原発事故後は外にも出られず、閉じ込められてお絵描きしろと言われても、絵なんて必要ないとばかりにイライラしていた。それまでとまったく違う反応に、私自身が考えるきっかけを与えられました」
幼い頃から画家を目指してきた彼女は、新進系のアーティストとしてグローバルに認められたいという、ある種のカテゴライズされた絵描き像を、いつしかつくり上げていたという。
「新しいものを描かなくてはいけないとか、自分だけの表現をしようとか。でも、震災を機に、絵を描くってそういうことじゃないんだなと教わった」
避難所で子どもたちと描く経験によって、自身の作風が変化するというより、誰に向けて見せたいかというターゲットが、一瞬にして変わったと話す。
「必要としている人たちに対し、どこまでアートは届けられるのか。アートでなにかを変えたいと思うのは私にとって大袈裟で、どこまで届くかな? という、作家としての興味が強くあるんです」
NPO法人「3・11こども文庫」は、この十年で支援の輪を広げ、21年には十分な教育を受けられない児童に寄り添う「シュピリこども育英基金」を新設。また、22年には千葉県東金市に、貧困やDV、ネグレクトなどに直面する子らが一時宿泊できる子ども食堂と、学童保育や遊び場を兼ね、アートギャラリーを併設した施設をつくる計画だという。
「十年は短かった」と彼女は言う。再会した福島の子たちは、思っていたよりもまだみんな大人ではなかった、と。
「18歳になれば、自分で展覧会に絵を出展するなど使い道も決められるし、絵を見て辛いことが甦ったとしても消化できるはずだと思い、返しに行きました。でも、彼らはまだ目の前のことに精一杯。むしろこれから社会に出る不安を抱え、そんな時にこの絵が戻ってきても、大事にしてくれるだろうか、絵に思いを寄せることがあるのかなと迷いました」
それでも、十年越しの約束を果たせてよかったと言う。
「一緒に絵を描いた時間が、彼ら彼女らの中で無意識になにかの要素となったかもしれないし、ただ通り過ぎるだけでも構わない。誰かが気づいてくれるかもと思いながら、道端の花のような活動を続けていきたいです」
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相馬市立中村第二小学校でのワークショップ
※この記事はPen 2022年1月号「CREATOR AWARDS 2021」特集より再編集した記事です。