「大人の名品図鑑」スニーカー編 #10
スニーカーブームが続くなか、2021年10月にはマイケル・ジョーダンが現役時代に履いたシューズが史上最高額の約150万ドルで落札された。まだまだスニーカーにまつわる話題は尽きない。今回は好評だったスニーカー編の第二弾をお届けする。
『スニーカー文化論』(日本経済新聞出版社)を著した川村由仁夜は、「バスケットボールほどスニーカー文化に直結しているスポーツはない」と断言する。バスケットボールが生まれたのはもちろんアメリカだ。1891年にマサチューセッツ州にあるYMCA(キリスト教青年会)の体育教官、ジェームズ・ネイスミスが、寒い冬や雨の日にも屋内でスポーツを楽しめるようにと発案したゲームがバスケットボールの起源。体育館の手すりなどに「桃を入れる籠」を2個吊り下げて、その籠にボールを入れて点数を争うというものだった。
バスケットボールシューズの歴史はコンバースにあると言っても過言ではない。創業者マーキス・ミルズ・コンバースが、コンバース・ラバー・シューカンパニーをマサチューセッツ州モールデンで設立したのは1908年。ヘンリー・フォードが「T型フォード」を発売した年と同じだ。当初はラバー製のオーバーシューズを製造していたが、こうした靴では乾季に需要が減ると、1年を通して販売できる商品を開発。1917年に初のバスケットボール専用のシューズとして誕生したのが、「オールスター」である。
ソールがラバー=ゴム製でアッパーはキャンバス地の、スポーツでの使用に耐えられる本格的なデザイン。足首部分に付いた丸い「アンクルパッチ」も実は単なるデザインではなく、プレイ中のくるぶしへの衝撃を和らげる、極めて実用的なアイデアだったという。ちなみに当初このパッチにはブランドの頭文字である「C」が入っていたが、1928年に星=スターマークが使用され、その後年代の判別に加えてデザインや表情の移り変わりが楽しめる。
この靴の普及に貢献したバスケットボール選手がいる。チャック・テイラーだ。1901年にインディアナ州で生まれ、高校や大学のバスケットボールチームで活躍した後、プロチームへ入団。その時から「オールスター」でコートに立っていたが、引退後はコンバースに入社し、元プロバスケットボール選手の経歴を生かして、各地のハイスクールやカレッジのバスケットボールチームを巡る営業ツアーを始めた。彼は若者を集めてバスケットボールの指導を行いながら、シューズの改良についてもフィードバックを行った。そんな彼の偉大な功績にコンバース社は敬意を表して、1946年から「アンクルパッチ」に彼の名前である「Chuck Taylor」の文字が入るようになった。
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再び脚光を浴びるチャック・テイラー
「オールスター」のまさに恩人、チャック・テイラーの名前が注目を集めたのは、熾烈を極めた2020年のアメリカ大統領選挙だ。民主党のバイデンと共に戦ったのが副大統領候補だったカマラ・ハリス。選挙戦で彼女がいつも履いていたのが「オールスター(チェックテイラー)」だった。それを多くのメディアが「コンバースのチャックテイラーを履いている」と報道し、「チェックテイラー」「チャックス」(チャックテイラーのアメリカでの通称)「コンバース」というワードが突如SNSのトレンド入り。彼女がこのシューズを履いて飛行機から降りる動画は、500万回以上再生されたという。
「ブラックレザーに白、紐付きに紐なし、夏用に冬用に、パンツスーツ用の厚底まで。チャック・テイラーの全種類を持っているわ」とハリス副大統領は発言している。しかし、彼女がこのシューズを選んだのは理由がある。アメリカの上院では1993年まで女性のパンツ着用は禁止だった。現在でも、女性政治家はハイヒールで議会に出るのが一般的であるなか、あえて彼女が選挙戦で全国を回るのにスニーカーを選んだことは、新しい時代への移行を象徴した。それが、アメリカで大きな共感を得たのだ。
『ロッキー』(1976年)や『アウトサイダー』(83年)、『スタンド・バイ・ミー』(86年)など、このシューズが登場する映画は数知れず。ミュージシャンにも愛用された名品中の名品だが、これほどまでにニュースメディアで「オールスター」が取り上げられたことはないだろう。アンクルパッチのスターマークはコンバースの象徴のようなものだが、アメリカの副大統領に履かれたことで、このシューズはアメリカを象徴するシューズとなったのだ。
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問い合わせ先/コンバースインフォメーションセンター TEL:0120-819- 217
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