名作には、揺るがぬコンセプトがある。一方で時代の空気もデザインに反映してきた。今回は、オメガ「スピードマスター」の足跡を通じ、愛される理由を検証しよう。
1950年代は、クルマから家電までさまざまな工業製品が進化し、現代的な生活様式が確立されていった時代。紳士時計の世界にも大きな変革が訪れた。各社から打ち出されたのが、プロフェッショナルのために設計されたスポーツウォッチ。オメガもこの流れを汲み、57年にダイバーズウォッチの「シーマスター」、技師に向けた耐磁性の高い「レイルマスター」、そしてプロレーサー向けの「スピードマスター」を発表した。
このモデルが歴史的な傑作である理由は、不朽のデザインと機能美にある。特徴はタキメーター。それまで文字盤にあったものをベゼルに配置した意匠は、他社のクロノグラフにも多大な影響を与えた。また針やケースに多少の変化はあるが、現代まで変わらない3レジスタークロノグラフのダイヤルは、まれに見る完成度を誇る。
機能については「ムーンウォッチ」という代名詞が物語っている。本来はプロのレーシングドライバーのために開発されたものだが、強い揺れや衝撃、また温度変化が極端な環境下でも正確に時を刻む機能性が宇宙探査に最適とされ、NASAのテストを腕時計では唯一クリア。それもテスト用につくられた特別仕様ではなく、市販品が、だ。そのことが、スピードマスターの偉大さと信頼性を世に知らしめた。
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1957年 スピードマスター Ref.2915
特徴的な針の形状から「ブロードアロー」と呼ばれるこのタイムピースこそ、スピードマスターの原点。これまでのクロノグラフウォッチはタキメーターをダイヤルの外周にデザインするのが一般的だったが、スピードマスターは世界で初めてタキメーターベゼルを開発。より迅速な走行スピードの割り出しを可能にした、まさに画期的な機構。ドライバーの利便性を考えた、これぞ“機能美”だ。
1959年 スピードマスター CK 2998
第2世代の特徴は、黒のタキメーターベゼルとアルファ型の時分針を採用したこと。1962年10月にマーキュリーアトラス8号で宇宙飛行を行ったウォリー・シラーが、個人用に「Ref.2998」を腕に巻いたことで、宇宙空間で初めて着用されたモデルとなる。
1963年 スピードマスター ST 105.003
第3世代でスピードマスターのデザインはほぼ完成。いまも続く夜光塗料付きのストレートな時針・分針を初めて採用。またプッシャーを大型化することで、より操作性を高めた。結果、当モデルでNASAの厳格なテストをクリアし、晴れてスペースウォッチに。このテストに残ったのは当機のみだった。
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1964年 スピードマスター ST 105.012
リューズガードを採用したために、ミドルケースが新設計となり、アイコン的な意匠である左右非対称のフォルムに進化。また文字盤に「PROFESSIONAL」表記が入るのはこの世代から。これは、ほぼ同時期に販売されていたサードモデルと明確な差を付けるためのデザインだ。
1968年 スピードマスター ST 145.022
1968年発表モデルは、これまで採用してきたコラムホイール式クロノグラフ「Cal.321」から、よりシンプルなカム式の「Cal.861」へと変更。69年、アポロ11号の月面着陸の際にスピードマスターが着用されたことを受け、70年以降のスピードマスターには、それを記念した文言をケースバックに刻印している。
1997年 スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル
発売から40周年を迎えた1997年には、夜光塗料がトリチウムからルミノバへ変更され、視認性はより向上した。機能性を重視したスピードマスターの本質を考えると当然の進化といえる。また当モデルは、月面着陸に成功した時に着用されていた手巻きムーブメントの後継、キャリバー「1861」を搭載する。
2021年 スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター
月面でニール・アームストロングが着用した第4世代モデルから着想。非対称ケースや段落ちの黒ダイヤル、ベゼルリング上の“ドットオーバー90”など、伝統と革新を融合させた意匠が映える。超高耐磁を誇る最新のマスタークロノメーター「Cal.3861」の搭載に合わせ、秒針表示が1/5から1/3に変化したデザインも見逃せない。
※この記事はPen 2021年12月号「腕時計、この一本と生きる」特集より再編集した記事です。