名作には、揺るがぬコンセプトがある。一方で時代の空気もデザインに反映してきた。今回は、カルティエ「タンク」の足跡を通じ、愛される理由を検証しよう。
現代の男性が身に着けるものの多くは、誕生や普及のきっかけに軍需が影響する。諸説はあるものの腕時計は、戦場で瞬時に確認できるようにと懐中時計を手元に巻きつけたのがきっかけといわれる。パイロットウォッチやダイバーズウォッチなどの歴史的名作が、機能性に由来するデザインをいまも多く残すなか、純粋な美しさを追い求めたカルティエの「タンク」は、100年以上にわたって別の物語を紡いできた。
時は第一次世界大戦下、アールデコの幕が開けようとする頃。これまた名品のひとつ「サントス」という角形ウォッチを既に生み出していた3代目当主ルイ・カルティエは、次作の構想に着手していた。実用性とエレガンスを求め創案したのが、ブレスレットの延長上にダイヤルを収める、直線的で無駄のないデザインだった。着想源としたのはその名の通り、タンク=戦車だ。現代でも色褪せない端正なデザインは、戦車を上から見た姿をもとにデザインされた。
1917年の初代以降、時代ごとに異なるエッセンスを取り入れたモデルを発表しつつも、基軸は今日まで変わらない。「タンク ルイ カルティエ」と「レ マスト ドゥ カルティエ」というふたつのDNAを宿す最新作「タンク マスト」もまた然り。この変わらぬ造形に、名作の名作たるゆえんを見てとれる。
---fadeinPager---
1917年 タンク ノルマル
懐中時計を改良したものが中心だった腕時計の黎明期において、「サントス」に続き、角形に着目し生み出された「タンク」。幾何学的な直線や白と黒のコントラストを強調したデザインは、その後に流行する装飾様式、アールデコの先駆けであった。男女の垣根が高かった当時には珍しく、性別を問わず好まれた。
1921年 タンク サントレ
側面は手首に沿うように緩やかにカーブを描く、レクタンギュラー型。のちの「タンク アメリカン」の原型となる。写真は1924年製。
1922年 タンク ルイ カルティエ
いまなお同じ名称で展開されるマスターピースは、初代に比べ、ケースの縦枠を若干延長したレクタンギュラー型。四角に丸みをもたせてなめらかにすることで、端正でエレガントな印象に仕上げた。写真のモデルは1925年製で、ブレゲ針を採用。
1922年 タンク シノワ
縦枠に対して横枠が突出したケース形状は、中国の寺院の玄関の建築様式から着想。当時からカルティエは異文化の芸術性にも熱心だった。
---fadeinPager---
1926年 タンク アロンジェ
初の女性向けサイズとして展開。レクタンギュラー型のケースをより細長く繊細に仕上げて、女性の手元にマッチするようアレンジした。
1928年 タンク ア ギシェ
ジャンピングアワー機構を用い、まるでデジタル時計であるかのように見せたデザイン。ケースはブラッシュ仕上げで表示の視認性を向上。
1936年 タンク ロサンジュ
デザインコードであるケースの形状を一新。時代への反抗や変化への熱望を表現。この形は「タンク アシメトリック」と改名し現在も展開する。
1946年 タンク レクタングル
クラシカルを極めたモデル。サテン仕上げゴールドのレクタンギュラーダイヤルに、堂々たるゴールドケース。絢爛な印象を示した。
---fadeinPager---
1977年 レ マスト ドゥ カルティエ
ラグジュアリーを体現してきたこれまでと異なり、消費者の姿が変わった時代に合わせた“誰もが手に入れやすいカルティエ”。見た目や印象は変えることなく、一方で18金や宝石を使わないことで価格を抑えるという新たな試みも。ミニマルな文字盤デザインも特徴。
1989年 タンク アメリカン
「タンク サントレ」の系譜に連なるモデル。緩やかなカーブは継承しながら、シェイプはよりコンパクトに、縦枠はより丸みある形になった。
2021年 タンク マスト
伝統的な形状に加え、ダイヤルデザインやブルースピネルを配置したリューズなど、細部まで「タンク ルイ カルティエ」のスタイルを重んじた最新作。一方で、ムーブメントは自社製キャリバー「1847 MC」を搭載し、格段に進化を遂げた。
※この記事はPen 2021年12月号「腕時計、この一本と生きる」特集より再編集した記事です。