奈良県の吉野町、天川村、曽爾村を舞台に展開する芸術祭「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」が、11月28日まで開催されている。林の中を、山道をひたすら歩き、不意に作品と出会い感覚が刺激されるこの芸術祭。2回目を迎えた今回は昨年の吉野町のレポートに続き、天川村を訪れた。コースを歩いて動画に収め、プロデューサーを務め作品も出品した齋藤精一(パノラマティクス 旧ライゾマティクスアーキテクチャー)にも話を聞き、芸術祭としての独自性を探る。
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アートを通して土地の魅力を受け止める。
洞川温泉センターをスタートし、全長約6kmのコースを3時間ほど歩いて巡る。民家やそば屋などの飲食店が並ぶ通りを歩いていくと、最初に出会う作品は菊池宏子+林敬庸『千本のひげ根』。徒歩のお供となる杖が置かれており、自由に使用することができる。吉野の檜が杖となり、握りしめてコースを歩いた鑑賞者たちの記憶が受け継がれていく。しばらく歩き、大峯山の開祖である役行者によって草創された大峯山龍泉寺に入ると、境内を抜けたところから山道が始まる。コースの本格的なスタートだ。
「最初はWalk Artという企画で、歩く芸術祭をつくれないかと提案させていただきました。コロナ禍で自宅から動けない人も多く、自分の足で歩くことで身体や周辺空間の解像度が上がったことに気づいた人も多かったはずです。この時期だからこそ、この土地だからこそ歩く芸術祭にしたいと考えて昨年開催し、今年はさらに自然や土地の人の営みと対峙する機会を設けられないかと考えました」
プロデューサーの齋藤精一が開催の経緯を語る。コロナ禍の昨春、奈良県から観光復興のための企画を依頼され、半年足らずの短い準備期間で意欲的なアーティストたちに声をかけて第1回目を開催。奈良市から南下した山深い土地には、アートを求めてこれまでとは違う文脈から観光客がやってきた手応えを感じたという。
「文化と経済は両立させないと文化は続いていかないと思っています。開催しても赤字続きであれば、納税者である住民から反対の声も上がるでしょうし、知事や行政の担当者が変わることで予算組が変更され、中止になってしまうことだってあります。芸術祭を開催することで地元の方々に利益が生まれてほしいんです。経済効果があれば能動的に関わってくださって、いい意味の循環が生まれると考えています」
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奥大和の環境が作家たちを覚醒させる。
村の人からは、「若い女性観光客がひとりで来るようになった」という声ももらえたという。観光復興を促進し、その先には交流人口の増加を目標とする芸術祭として大きな中間成果だ。アートをただ見せるのではなく、アーティストたちが土地に深く関わり、場所のコンテクストありきで作品が設置されることを目指す。そうすることで、作品自体を楽しむのはもちろんだが、その先に土地の魅力を感じることができるからだ。
山道を歩いていると川のせせらぎが聞こえ、コースにはいくつかの吊り橋もあり、天川村が本当に水の豊かな土地であることがわかる。およそ1300年前に役行者が開祖となった修験道の山伏たちが、自他の再生と救済のために修行する険しい岩壁などはもちろんコースに含まれていないが、それでも体力を使って歩き、自然の深さを吸い込んでいくことで知覚が開いていくことを自覚できる。
「参加アーティストには、『作品をレンズとしてつくってください』と伝えます。作品を通して自然が見えてくる、歴史が見えてくる、地元の試みが見えてくる、そういう作品です。奥大和にアーティストがやってくると、とてつもなく解像度の高い土地なので、その環境に打ち勝とうと頭をフル回転させて新作をつくってくれるんです。例えば、上野千蔵さんはコマーシャル映像を手がけるディレクターなので、そういう仕事を一緒にしていたのですが、彼が人のいない東京の写真を撮っていたのを知って、『MIND TRAIL』に誘ってみたんです。そうしたら、1年目は水をモチーフにした美しい映像を手がけて、今年はそこから展開して新たな表現を生み出しました。そういう覚醒が起こるんですよ、この場所では」
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豊かな自然環境から発信されるメッセージ。
齋藤は奥大和のエネルギーを受け止め、制作の新たな地平を手に入れる場として『MIND TRAIL』を参加アーティストたちに提供する。実際にアーティストたちからは、自然や歴史の力と拮抗するような作品が発表され、鑑賞者を迎えてくれる。コロナ禍で人の意識に変化が起こっていることを感じ取り、アートがどのように機能するのかを考えた結果がこの芸術祭のかたちでもある。
「コロナの時代になって、また哲学の時代に入ったと感じています。『命とは何だろう』『環境とは』という問いが生まれ、アントロポセン(人新世)の時代に入ったと言われたりもしていて、そういう時代に対峙するときに、意識を働かせて考える訓練というのが大事だと思っています。アートには問題を提起する機能があるので、こういう壮大な自然環境に身を投じることで現代社会に問いを発する作品が生まれるはずです」
山道を歩き、思いを巡らす。トレッキングをした身体的な疲れが心地よく、その途上でアートに出会うと、豊かな緑によって開かれた意識が素直に作品を受け止めるのを感じる。おそらくここに展示されている作品が、どこかから借りてきてただ置かれていたものだとしたらこの感覚は得られないだろう。作家たちが環境と対話し、その末に生まれた作品だからこそこれだけの強度を備えているのだ。奥大和を歩き、深い森とアートの力を受け止める。時間をかけて訪れ、深い森をひたすら歩く価値を現地で感じ取ってほしい。そして終点には温泉が待っている。
MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館
開催期間:開催中〜2021年11月28日(日)
開催場所:奈良県吉野町、天川村、曽爾村
TEL:0744-48-3016(奈良県総務部知事公室奥大和移住・交流推進室内)
無休
入場無料
https://mindtrail.okuyamato.jp