【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
話し手150人と聞き手150人、全1216頁、2段組150万字という壮大なスケールのインタビュー集が完成した。本書の編者で社会学者の岸政彦は、始まりは数年前に自身が発信した、以下のようななにげないツイートだったと語る。
「『東京の生活史』300人ぐらい聞きたい。東京で暮らしてるひと、いろんな階層と年齢と職業とジェンダー。東京で、いろいろあるけど、一生懸命暮らしてるひとの人生を聞きたい」
岸はこれまで、大阪や沖縄などで名もなき人たちの声を拾い続けてきた。その仕事ぶりを知っている人たちがこのツイートに即座に反応。「自分も参加したい」と多数の声が届いた。そこでまず岸は聞き手を募集し、話し手は聞き手が自分で選んだ。
本書で聞き手は、決して話を誘導しない。正確さや具体性を求めるような問いかけもしないから、話し手は思うままに話す。
生活史の聞き取りを25年以上続けてきた岸は、今回聞き手に研修を行い、「どれくらい積極的に受動的になれるか?」と語りかけた。それに150人がそれぞれのやり方で応えた結果でもある。
だから本書は、さまざまな時代に東京と接点をもった人たちの生きた記録となった。
戦後にサハリンから帰国して北海道で育ち、20代で上京し、映画の仕事をしていたという女性の一代記もあれば、10代の頃に夢中になった渋谷や原宿の音楽シーンを延々と語った男性もいる。語りのスタイルはそれぞれまるで違う。
医学部を目指して東京の予備校に入学して9年目で合格したという男性やインドネシアから来たアニメ好きの30代男性の語りからは、それぞれが過ごした時代の東京の姿が見えてくる。
150人の暮らしのディテールは曖昧さと精密さを併せもつ。小説とも映画ともまるで違う、生の語りの豊かさに圧倒される。