9月30日、パンデミックにより延期を繰り返したアカデミー映画博物館が遂にロサンゼルスでオープンを迎えた。祝賀パーティーには、ソフィア・ローレンやトム・ハンクス、エヴァ・ドゥヴァネイ、ボブ・アイガー(ウォルト・ディズニー会長)ほか、実現を支援してきた多数のセレブリティが出席し、パンデミックから回復するロサンゼルスにまた一つ華やかなアイコンを添えた。
アカデミー賞の母体である映画芸術科学アカデミー(The Academy of Motion Picture Arts & Science)が長年渾身の力を注いで完成させたミュージアムは、歴史、社会、文化を背景に映画と映画制作の魅力とストーリーをテーマ別に展示、ビジターはジャンルを超えたさまざまな映画のクリップを観ながらその魅力を体験できる。入館チケットは完全予約制で、入館の際にはワクチン摂取終了証明、もしくは72時間以内に行われたコロナ検査の陰性結果の提示が必要だ。
まず見逃せないのが、ミュージアムの建築。プロジェクトを担当したのはレンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ(RPBW)、世界中で多くのミュージアム建築を手掛け、アカデミー博物館と敷地つながりのロサンゼルスカウンティ美術館増築の設計も高評価される納得の選択だ。ウィルシャー通りとフェアファックス通りの角に輝くゴールドの円柱ファサードはアカデミー賞のシンボル、オスカー像の建築版を思わせる。このファサードは1939年の建築以降、ロサンゼルスのアール・デコ建築ストリームラインモデルの代表作でもあったメイ・カンパニービルのそれを取り壊すことなく、大掛かりなレストアの結果で、24kの金箔を施した新旧35万枚のイタリアオルソーニ製ガラスタイルが使われている。ファサードのある本館的存在の5階建てサバンビルにはギャラリーやシアター、レストラン、ショップがある。サバンビルの北側にはこちらも目を見張る巨大なガラスの球体、スフィアビルがそびえる。巷では映画「スターウォーズ」のデススターと呼ぶ人もあるが(確かに連想は否めない……)、巨匠レンゾ・ピアノは、ふわりと宙に浮く「シャボン玉」だと説明する。
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RPBWが今回の改修と拡張にあたり中核としたコンセプトの一つは「コントラスト」だ。例えば新旧の対比なら、1930年代アール・デコ建築と現代工業的デザインのミックス。古いものは取り壊して新しいものを作ることが多いロサンゼルスで、あえて古き良きものを大切に、丁寧な保存を施しながら、新しさを取り入れたバランスを見出すことで、未来への新たな形を生んだ。素材では開放感のあるガラスがふんだんに使われる一方で、コンクリートや鉄筋が頑強な骨組みやベースをそのままに見せている。
もう一つのコンセプトは「透明感」。透明なガラスは建物内外の境界をミニマルにするから、通りや地元のコミュニティとのつながりを求め、カリフォルニアの開放的でクリエイティブな空気が自由に往来する印象だ。通りに面したテラス席やガラス越しに美しいインテリアが伺えるカフェ・レストラン「ファニーズ」や敷地内の屋外テラスは博物館入館チケットがなくても利用できる。
そしてこの二つのコンセプトは建物だけではく、映画界やミュージアムのアイデンティティにも深く連動している。隠さずにあえて見せる鉄筋やコンクリートは、完成した作品としてだけでなく、映画制作の舞台裏を、複雑な技法や作品を支える縁の下の力持ちにスポットライトを当てる展示、さらにガラスの透明感=トランスパランシーは、映画界の歴史にこれまで存在してきたあらゆる差別や偏見、多様性や平等な機会の排除、ステレオタイプなどをアカデミーが直視し、透明度のある映画制作・業界を目指す姿勢の表現なのだろう。