ミュージシャンで、スニーカー界のグルとも言えるカニエ・ウェスト。その彼が2008年のグラミー賞で履いた「ナイキ エア イージー1」のプロトタイプが今春、オークションにかけられ、180万ドルで落札された。これまでの最高額は昨年、56万ドルで落札されたマイケル・ジョーダンの直筆サイン入りの「ナイキ エア ジョーダン1」だったが、カニエのスニーカーはその3倍以上で取引されたことになる。
流行とはいつも移りゆくもの。足元にも変化がそろそろ見られるかと思いきや、スニーカーブームは衰えるどころか加熱する一方だ。そのブームを大きく支えているのが、近年活況を見せている「スニーカーの二次流通」に違いない。これまで欲しいスニーカーを手に入れるのにはブランドかショップから購入することが一般的だった。二次流通では、消費者が同じ消費者に対してスニーカーを販売する。
StockXがスニーカー市場で果たす役割
最近人気の「StockX(ストックX)」は、いわばスニーカーを売りたい人と買いたい人をマッチングさせるプラットフォームだ。これまでのオークションサイトでは、売り手は買い手に直接商品を送ったり、価格交渉なども行っていたが、StockXでは一度スニーカーを預かり、鑑定士がそのスニーカーを本物であるか見極め、商品の状態等までチェックしてから販売される。買い手が本物と偽って偽物をつかまされる心配もないし、売り手も面倒な諸手続きからも解放される。しかもスニーカーごとの過去の価格の推移や販売数などのデータが公開されているので、買い手は価格を納得した上で欲しいスニーカーを選ぶことができる。
「StockX」は、2016年に誕生したアメリカの会社で、すでにデトロイト、ロンドン、東京の3箇所にオフィスを構え、グローバルで1,000人以上の従業員が働いている。さらに約300人の「オーセンティケーター」と呼ばれる真贋鑑定士をもち、「本物を適正な市場価格で売買できるプラットフォーム」と謳う。
まずStockXの役割について、StockX Japanのディレクターを務めるデュイ・ドーンさんに聞いた。
「ちょっと言い過ぎかもしれませんが、実際の消費者に(スニーカーの)市場を確立してもらうことだと思います。売り手の利益も買い手の利益も守られている状況を、StockXは提供しているのです。たとえば売り手が高く値付けしても、高過ぎればスニーカーには買い手は付きません。同様に買い手も(極端に)安い値段で買えることはありません。我々が市場をコントロールしているのではなく、あくまで(需要と供給の関係において)消費者同士が売買を行なっているのです。市場の流れも完全な透明性を持って明らかにしていますし、過去のデータも公開しています。株価と同じで、安全でヘルシーな取引の場をStockXは提供しているのです」
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鑑定士に「真贋」のポイントを聞いた
では、実際にどのようにして鑑定が行われているのだろうか。東京オフィスの鑑定マネージャー、中澤ルークさんに聞いた。
「商品が届いたときに最初に見るのは箱です。(箱の)外に貼ってあるステッカーもチェックします。フォント=書体や文字の印刷具合なども見ます。ステッカーひとつにもいろいろな情報が入っていますからね。箱の色、文字などはコピーすることは可能ですが、どんな素材を使ってコピーをしているか、ステッカーの仕上げや箱の素材の手触り、厚さなどもチェック。それに靴の匂い、あるいは靴そのものが醸し出すニュアンスなども、本物か偽物か、見極めるポイントなんです」
もちろん縫い方の違いやマークの入り方など、本物と偽物を見極める具体的なデータもたくさん持っているか、意外にアナログ的な鑑定が最初に行われることに驚かされた。
「真偽の鑑定ができるということは、その裏に偽物の情報がたくさん持っているということです。偽物の新しいポイントが見つかると、すぐにチーム全体で情報を共有するんです。本物を研究するというよりは、偽物を研究しているようなものです」と中澤さんは話す。
本物か偽物を判定した後、はじめてそのスニーカーの状態を判定する。StockXでは基本的に新品未使用のデッドストックのみ取引されるため、本物と判断された後もその状態を丁寧に鑑定士が確認をする。同じ「ナイキ エア ジョーダン1」でも状態によって価格が何倍も違う場合があるのがスニーカーの世界だ。StockX で鑑定済みのスニーカーには、同社のロゴがあしらわれた緑のタグが付けられている。
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レアスニーカーを実際に鑑定してもらった結果…
本来、持ち込みでの鑑定は受けていないが、今回は取材ということで、友人の手元にあった「ナイキ エア ジョーダン1」を持参し、鑑定してもらった。このモデルはバスケットボールの神様、マイケル・ジョーダンが初めて履いた自らの名前を冠したバスケットシューズで、発売されたのは1985年。友人が持っていたのは、94年に初めて復刻された記念すべきモデルで、しかもこれは「ブレッドカラー」と呼ばれる赤×黒のいちばん人気のカラーリングのデッドストック、つまり新品状態で眠っていたものだ。このスニーカーの真偽を中澤さんに判定してもらった。
「私はエア ジョーダン大好きなんです。でもこれ、私が1歳のときにリリースされたモデルですよね。信じられないコンディションです。まずスニーカーを後ろから観てみましょう。砂時計のようにくびれが入っています。いまもこのモデルの復刻版は発売されていますが、後ろ姿はストレート気味でこれほどくびれていません。それにヒール=踵もきれいですね。(パーツの)糊の付け方は、案外ラフですね。当時はこういう製造方法が一般的でした。こういうところは偽物だと逆にきれいにしてしまいがちです。アウトソールにエイジング=経年変化が見られますが、これは偽物では絶対に真似できません。ある意味日本で保管されていた証拠です。これは本物だと鑑定できますし、新品に近い状態。価値あるスニーカーだと断言できます」
この「ナイキ エア ジョーダン1」のStockXでの平均販売価格は、2,544ドルで、過去12ヶ月では1,600〜3,750ドル範囲(いずれも2021年9月時点)で取引されているという。持ち主の友人はジョーダン人気が沸騰しているうちに販売したいとも思うだろうが、スニーカーのこうしたブームはいつまで続くのであろうか。再びドーンさんに話を伺った。
「スニーカーの市場は現在約1兆円。3兆円まで伸びるという予測も出ています。エア ジョーダン1に限らず、ジョーダンモデルの人気は日本で高いですね。ニューバランスもそうです。このようにある地域で人気がないスニーカーでも、日本ではすごく人気が高い場合があります。そうなると日本で買う場合、相対的に高値で買わなければいけない。StockXはグローバルでスニーカーのマーケットを見られますので、買い手にとってはフェアなプライスで購入することができるのです。これもStockXの強みだと思います」
ドーンさんの話からすると、まだまだスニーカーのブームは続くだろうし、価値が可視化し、パソコンやスマートフォンなどでいつでもそのデータにアクセスできるので、希少モデルの更なる高騰も避けられないかもしれない。さらにドーンさんは「サービスの拡張、クオリティのアップに加えて、StockXではスニーカーのように上昇カーブを描くことが予想されるカテゴリーを増やしていこうと思っています」とStockXの将来の展望を話す。
ニューヨーク・タイムズ紙は、StockXを「スニーカーヘッズのナスダック」と評するが、StockXのHPにアクセスすると、スニーカーだけでなく、ファッションやフィギュア、トレーディングカード、あるいはアート作品やゲーム機器など、すでにカテゴリーは拡大されている。モノの株式化がもう始まっているということなのだろう。
StockX
https://stockx.com/ja-jp