エッジーな感性を持つ大人層の多くがいま好む基本スタイルは、シンプルな服をさらにシンプルに組み合わせて着る着方。生地はたいてい無地で、色は黒、紺、白、ベージュ。そこにスモーキーな(くすんだ)色が加わる。柄はせいぜいストライプかチェックくらいだ。シルエットをダボッとさせるのが着こなしの鍵。肩の落ちた白シャツを着て、腰回りはゆるく裾幅が狭い黒パンツを穿き、足元は洒落心たっぷりのスニーカー。日本独自の発展を遂げたミニマリズムである。
コモリ、オーラリー、グラフペーパーといった上質な服づくりをするブランドが、こうしたスタイルの牽引役を担っている。彼らの作風に通底しているのは、侘び寂び、粋、風雅といった日本的な美意識。つくり手たちはもはや、アメリカ文化に憧れた昔の世代ではない。西洋コンプレックスとも無縁のようだ。世界をフラットな目線で眺め、魅力的なジャンルのひとつとして伝統に目を向けている。
その彼らをよりディープな着物の世界に飛び込ませた店がある。東京と京都に店舗を構える「Y. & SONS(ワイアンドサンズ)」だ。大正6年創業の「やまと」が手掛ける、オリジナルとセレクトのメンズショップである。ここではモード界からもリスペクトされる同店と上記のブランドらがタッグを組んだ、21-22年秋冬シーズンのアイテムを紹介しよう。着物や羽織を現代生活に取り入れるための工夫に満ちたラインアップである。
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スノーピークとの「アウトドア キモノ」進化版
和装を日常的にするためにアウトドアシーンに目をつけたやまとからの声がけから生まれた、新潟を拠点にするスノーピークとのコラボライン「アウトドア キモノ」。機能的なハイテク素材を使い帯をなくした着脱簡単なこのアイテムで、初めて和装にトライした人もいるだろう。スノーピークは自身のアパレルラインでも日本の地場産業を積極的に支援している。これほど和装と相性がいいアウトドアブランドもない。
8シーズンめとなる今季はよりシックになった素材使いに注目。ウール混の着物は素肌に馴染み、フリースの羽織は自宅勤務の家周辺での防寒着にもぴったり。ともにセーターやイージーパンツを下に着てもよく似合う。Y. & SONSはアウトドア キモノの前を留めずコートのように羽織る着方もOKとしている。自己流に好きなように愛用するのが正解だ。
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グラフペーパーが示す、男の“粋”
いまやショップオリジナルを超えた完成度と創造性の高さから、ブランドとしての評価が確立したグラフペーパー。販路も伊勢丹新宿店メンズ館をはじめ全国に拡大している。20年に京都に和室のある路面店を設けたことからもわかるように、日本古来の静かでストイックな感性が色濃い。彼らとY. & SONSが協業したコレクションは、汚れにくく洗える化繊生地や実用的なディテールが特徴。ベルクロで留めるウエストベルトやスマホを入れられる胸位置のポケットなど、従来のセオリーから逸脱した発想が巧みだ。それでもどこか渋く粋な男の姿を漂わせるのが、グラフペーパーの流儀である。
オーラリー、コモリのエレガントな和洋折衷
オーラリーとコモリの2大東京ベーシックブランドも、着物へ関心を向けている。21年春夏からはじまったオーラリーとのコラボの今季秋冬アイテムは、同ブランドの今季シャツで使われているオリジナルのウール生地で仕立てた着物と羽織。伝統の着物生地は主にシルクかコットンだが、身近な素材になったことで洋服感覚で袖を通せるようになった。コモリも今季のイージーパンツと同じウール・シルク生地を羽織用としてY. & SONSに提供。同店ではそのパンツも販売されている。着物とパンツをセットアップで揃えれば、和装ファンにも刺激的な着こなしになるだろう。
着物に合わせた太袖の別注コート
着物が洋服と比べてもっともシルエットが異なるのが袖幅だ。肩が落ち脇下から袖口まで極度に太くなっている。そこでY. & SONSは着物の上に着られる特別な形のコートをラインアップしている。コモリのアイコンモデルのタイロッケンコートが代表的で、今季は洗いを掛けたこなれた風合いのモデルが初登場。北欧ノルウェーの防水コートブランド、ノルウェイジャンレインの「リヴ ゴーシュ」も和装に合わせた初別注品だ。オーラリーのウールコートも初別注品で、通常モデルの袖幅を大胆にモディファイドしたもの。
これらのコートはオーバーサイズが流行しているいまの時代感覚にもフィットしている。外套と呼ばれていた1930~40年代のクラシカルな形に通じるのも面白い。洋服として個性的なコートを探している人も、この秋はY. & SONSが狙い目だ。
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日本こそクールと思える店
「メンズきものテーラー」を掲げ、スポーツ素材のコラボモデルでも採寸して客の体型に合わせて仕立てるY. & SONS(既製品と同じ金額)。約2週間で完成するスピードも、やまとが培ってきた日本各地の和裁士、縫製工場との関係性の賜物だ。同店を立ち上げて現在もクリエイティブ・ディレションを行うやまと代表取締役社長の矢嶋孝行さんが店のあり方について次のように語った。
「伝統の文脈通りに着るかどうかはお客様しだいです。でもまず正解はお伝えするようにしています。着慣れない着物の最初の一着が嫌になってしまうと、今後も和装を好きにならなくなると思うんですよ。そういう思いをさせないようにするのが我々の務めです」
それでも矢嶋さんは、「伝統という名の先人たちの貯金で生きてはいけない」とも口にする。美意識を共有できる先端ファッションブランドのアイテムを店に並べ、一緒に新しい日本スタイルを生み出す。
「いまの日本ブランドには、民藝運動の柳宗悦の言葉である“用の美”に通じるものがあります。工芸であり機能的なワークウエアでもある。Y. & SONSの商品の軸は生活に根ざした工芸品ですが、各ブランドには簡単に着られるユニバーサルデザインとしての変化球を投げてもらっています。現代において『着物を着てもいいんだ!』と思える風潮をつくりたいのです」
成人式のようなハレの日のイベントが激減したコロナ禍においても、やまとの業績は上向きだそうだ。それは改革を伴う企業努力に加え、「流行に左右されないものを着たい」「魂の拠り所になる着物を所有したい」という思いが人々に芽生えたことも理由と考えられる。国内の陶芸作家の器を使い、健康にいい和食を食べ、浮世絵の展覧会を見に行く私たちの心には、服装にも伝統の美学を反映させたい願望がある。和装との距離が縮まれば、日本の暮らしはもっと居心地がよくなるに違いない。
Y. & SONS
ファッションレポーター/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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