長崎港からフェリーで約30分。近づくにつれその姿を克明に現す絶海の孤島には、息を飲まずにはいられない。ほとんどの窓ガラスが破損し、黒々と劣化したコンクリートの高層アパートがひしめき合うように並ぶ光景が、上陸する前から目に飛び込んでくる。東シナ海の荒波から守るために設けられた屈強な護岸堤防が島全体を覆うさまは、要塞のように威圧的だ。

長崎で建造された軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになった端島は、23の遺構で構成される「明治日本の産業革命遺産」のひとつ。北九州の八幡製鐵所や山口県萩の松下村塾など8県に点在するそれらの遺構群は、世界でも類を見ないスピードで近代化を遂げた日本の産業革命を現代に伝える遺産として、2015年の7月に世界遺産に登録された。
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軍艦島は、日本の近代化を支えた最も重要な炭坑のひとつだ。1800年代初頭に良質な石炭が発見され、三菱の手に渡った1890年から採掘事業が本格化。急速に高まる石炭需要とともに地底の石炭採掘範囲はみるみる拡大し、炭坑は最深部で1000mにも及んだ。産出量は多い時で年間41万トン。明治時代後期からは、日本一の製鉄量を誇った八幡製鐵所へも石炭を供給するなど、日本の主力抗へと瞬く間に成長した。

島の面積はわずか6.5ヘクタール。歩いて10数分で周囲を一周できるほどの大きさだ。西側と北側、全体の約半分を占める敷地には、鉱員やその家族のためのアパートが40棟ほど並ぶ。急増した人口に対応するため、1917年に日本で初めて鉄筋コンクリート製アパートが建造されるなど、いちはやく住居が高層化された。それらは島の形状に合わせて不規則に配置され、アパート同士を結ぶ階段や渡り廊下も入り組むように設けられている。島中央の一際高いところには、幹部のためのアパートが聳えるように建てられた。高層の集合住居だけでなく海底水道の施設や、植物の不足を補う屋上庭園、台風対策のためのドルフィン桟橋など、軍艦島では日本初の先進的な技術が次々と導入され、未来都市のような街がつくられていった。
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炭坑での採掘作業は、24時間3交代制で昼夜問わずフル稼働で続けられた。鉱員たちは島南部に設けられた竪坑の入り口から、電動のケージやトロッコに乗って地中深くにある暗い採掘現場へ潜っていった。突然の落盤や爆発性のメタンガス発生の危険がつきまとう作業は、言うまでもなく過酷で命がけだ。
その分、彼らの生活は裕福だった。大卒初任給が5万円の時代に平均で20万円を受給。島には町役場支所、小中学校、寺院、病院などの公共施設のみならず、商店、映画館、パチンコ店などの娯楽施設も設けられ、一時は遊郭も存在していたという。三種の神器といわれたテレビ、洗濯機、冷蔵庫が、当時の日本で普及率20%だったのに対し、ここではほぼ全世帯が所有していたという点からも、島民の豊かさが窺える。

人口は、ピーク時の1960年、5000人を超えた。その人口密度は、いまでも世界一の記録を破られていない。だがやがて政府のエネルギー政策が転換され、石炭から石油の時代になりつつあった74年、閉山が決定。全島民が退去を余儀なくされ、軍艦島は無人島となってその役割を終えた。
それから40年以上たった現在、軍艦島は廃墟に覆われた島となった。島の経済を支えた炭坑施設はほとんどが崩壊し、いくつかの事務所や櫓が残るのみ。いまにも倒壊しそうな高層アパートが左右に並ぶ住居エリアの道にはがれきが散乱し、爆撃を受けた市街地を思わせる荒廃ぶりだ。部屋を覗けば、ほこりをかぶった家具や家電、食器などが残され、生活の片鱗を窺い知ることができる。海に浸食されて太く大きな土台部分がむき出しになったまま建ち続けるコンクリートの建築物は、ヨーロッパの古代遺跡のように神秘的だ。
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40年でここまで劣化したのは、波の影響が大きいという。台風などの悪天候の際には、高い護岸堤防を高波が軽々と越え、島の中央付近にまで到達することがしばしばある。かつてはそのたびに工事が行われ補修されたが、閉山し無人島となってからは、誰の手も加えられることなく自然の猛威にさらされ続けるしかなかった。
いま、軍艦島には世界遺産という新たな役割が与えられた。急務である島の保全は、技術的にも予算的にも難航しているという。だが、朽ちゆく島の姿からは、かつて凝縮されていた巨大なエネルギーが、いまなおふつふつと湧き出ているように見える。
この記事はPen+(ペン・プラス) 【完全保存版】 「ニッポンの世界遺産。」特集より再編集した記事です。
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