【Penが選んだ、今月の音楽】
キャリア史上初となる全米アルバム・チャート1位に輝いた前作『イゴール』で昨年、第62回グラミー賞の最優秀ラップ・アルバム賞を受賞したタイラー・ザ・クリエイター。北米ラップ・シーンの頂点に上り詰めた彼だが、ほとんどラップをせず、ビートとメロディを重視したため歌に比重を置いた『イゴール』が“ポップ”ではなく“ラップ”に分類されて受賞したことに、不満を述べる局面もあった。メディアやファンからも「ラップ・アルバムではない」という声が上がるなど、賛否沸き起こる問題作と記憶した人も多いだろう。
通算6作目となる、2年ぶりのスタジオ・アルバム『コール・ミー・イフ・ユー・ゲット・ロスト』は、そんな旧態依然としたグラミーや周囲の雑音に対する、タイラーからの回答とも言える作品である。タイラーが全編でヴァースを披露する久々のラップ・アルバムなのだ。それも、ほぼ全曲をノンストップでつなげるミックステープのような構成なので、タイラーのラッパーとしての原点に触れる想いすら抱く作品となっている。
全編を盛り上げ、タイラーと肩を並べるほどの活躍を見せるのが、アルバムを通じてシャウトしまくるDJドラマ。タイラーも愛聴した『ギャングスタ・グリルズ』シリーズで名を挙げた、ミックステープの王様だ。彼の起用が、ストリートに根差すタイラーのラップ・ミュージック回帰の姿勢をより鮮明にしたのは言うまでもない。
実際、この作品にはヒップホップ・ヘッズが「タイラーが帰ってきた」と歓喜する、初期の作風に通じる不穏で尖った曲が多く収められている。グレイヴディガーズの有名曲をサンプリングした先行曲「Lumberjack」他、ファレル・ウィリアムスやリル・ウェインらのゲストを迎えながら、タイラーのヒップホップ魂は弾けるばかり。
そればかりか、この新作では近年のメロウ・サウンド路線の曲も聴くことができる。その意味でも、ラップ回帰作というより集大成と呼ぶにふさわしい傑作なのである。