【Penが選んだ、今月の観るべき1本】
フォトジャーナリスト、ユージン・スミスが人生をかけて撮った水俣病ルポ。その時期をともに歩んだ当時の妻アイリーン・美緒子・スミスと、ユージンのアシスタントを務めた石川武志が、映画『MINAMATA』とユージンその人について語り合った。
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アイリーン:この映画が企画された時、ユージンと水俣の患者さんのことや、写真集『MINAMATA』のいきさつを監督に知ってもらうため、直接伝えに行きました。とはいえ映画はフィクションであり、つくり手が生み出すもの。私はエッセンスが伝わることが大事だと思っています。観た人が、水俣の事件やユージンの写真についてもっと知りたくなる、そんな願いが表現されています。
石川:エンターテインメントとしてよくできているし、ジョニー・デップもユージンそのものに見えましたね。
─おふたりもよく知る水俣の実在する人々が描かれているそうですね。
アイリーン:ひと目であの人とわかる役もあれば、何人かがブレンドされ、普遍的な患者像を表した役もある。
石川:智子ちゃん(ユージンの写真『入浴する智子と母』で知られる水俣病患者・上村智子さん)をユージンが抱っこして歌うシーンは、彼らしい感じがよく出ていました。
アイリーン:智子ちゃんとの場面は象徴的ですね。ユージンの優しさと子ども心、田舎っぽいユーモアね。
─雑誌『LIFE』とのジャーナリズムを巡る葛藤や、ユージンの心の変化についてはいかがでしたか。
アイリーン:彼はアメリカで鬱を抱えていたけれど、水俣行きを決意してからは、心は穏やかだったと思う。
石川:やる気に満ちあふれていたし、映画にも出てくる五井事件でケガをするまでは、健康的で体力にも自信があった。すごく頼もしかったですね。
アイリーン:頑として諦めない人ですし。夜中に彼が石川さんに、自分の考えをどうにか伝えようと、情熱を込めて語ったこともありましたね。
石川:当時、水俣病の原因には諸説があり、報道によって誤解や差別が引き起こされていたんです。それで私は「メディアは信用できない」と言えばいいものを「ジャーナリズムなんて信用しない」と言ってしまった。仕事のことでユージンに怒られたことはないけれど、その時は感情をあらわにして「だからジャーナリズムが大事なんだ」と、必死に訴えかけていた。
─水俣を撮って50年が経ったいまも、彼の写真が人々を突き動かしています。
石川:ユージンは水俣に来た時からフォトエッセーを制作すると決めていた。だから患者、工場、漁師の写真など、なにが撮れていてなにが撮れていないか、とトータルで考えていました。その中で忘れられない彼の言葉があります。「写真は小さな言葉であ
る」と「私は写真の力を信じている」。
アイリーン:人間のありのままを見せること。悲しんでいたら悲しみを、強ければ強さを、悪であれば悪を伝える。先入観や偏見を真実へ近づけるのがジャーナリズムの使命だと、ずっと彼は信じていました。同時に、アートとジャーナリズムは相反するものではなく、ひとつであるということも。その信念が根底にあり、かつ子どもっぽいユーモア、あるいは鬱。そのすべてから、ユージンの写真は生まれてきたんだと思います。
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『MINAMATA―ミナマタ―』
監督/アンドリュー・レヴィタス
出演/ジョニー・デップ、真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信ほか
2020年 アメリカ映画 1時間55分
9月23日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開。
https://longride.jp/minamata/