ライカを仕事道具として使い続ける写真家たち。なぜ彼らはM型を選ぶのか? その作品を紹介しつつ、ライカで撮らずにはいられない理由を写真家・石井靖久さんに訊いた。
「M型ライカは、脳の反射を妨げない。」
「いままで、医師と写真家という肩書を自分の中で分離していたんです」
新作を前に静かに語り始めた石井靖久さん。モノクロームの抽象的なモチーフと、紫色に染められたプリント。この『Staining』と名付けられた作品の制作は、過去10年間にライカで撮影した約2万点の中から、抽象的である故に意味をもたせにくいが、間違いなく自ら能動的にシャッターを押したカットを抽出することから始まった。その写真をグーグル画像検索にかけると、類似画像として表示されたのは医師として見慣れたイメージだった。
「CTやMRI、論文中の図版などですね。その多くはモノクロでグラフィカルなもの。自分の中には空気のように触れ続けて蓄積されたイメージがあり、それが写真として表れていた。だとすれば、写真として写された脳の深層をもっと見たいと思ったんです」
自身の写真の分析を進めるのに選択したのは医学的な方法論だった。具体的には、顕微鏡で組織や細胞を詳しく観察するための「染色」という手法だ。
「実際の検査に使う試薬でプリントした写真を物理的に染め、顕微鏡的に再撮影したんです。無意識的に紫の染色液を選んだのですが、実はこの色自体も、医師として記憶の奥底に大事にしまっておいた経験に関係していた」
医師であり写真家である「石井靖久」というひとつのパーソナリティを肯定することで、脳の個性として蓄積された知覚と、それに触発され撮影された写真とが合致していく。そんな衝動を捉えるのに、ライカは最適だった。
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ライカは人をつなぐ、それは揺るぎない実感。
「脳の奥底を経由して世界を見るという行為において、M型ライカは見事にマッチしています。撮影行為にストレスがない。カメラがいかに脳の反射を妨げないかという視点で考えると、これほど便利なカメラはないですよ。ファインダーの中も非常に情報が少ないし、合焦の電子音もない。ライカは純粋に撮ることだけに向き合ってつくられた、他に例のないカメラだと思う」
ライカで写真を撮り始めて10年。多くの出会いに支えられ、昨年にパリフォトで写真集を販売するまでに至った。
「ライカは人をつないでくれる。それは実感として揺るぎない。スペックには表れない魅力でしょうね。ライカの価値観を共有できる人がつながっていく。でも、どうしてこんなにライカが好きなのか、誰もちゃんと説明できない。愛する人のことを、いくら言葉を使ってもうまく説明しきれないのと同じかもしれないですね」
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「ファインダーで世界を見る、それは脳の深層を見ること。」
石井靖久(いしい・やすひさ)
1980年、東京都生まれ。医師として働きながら写真家として活動。ライカギャラリーロサンゼルスでの日本人初となる写真展をはじめ、欧州や東京で個展を開催。第1回「シャインズ」に入選し、2018末に初の写真集『Staining』を上梓。11月26日から来年1月13日にかけて、『細胞の海、神経の森』と題した写真展を新宿北村写真機店6階にて開催予定。
※この記事はPen 2019年3/1号「ライカで撮る理由。」特集より再編集した記事です。