「大人の名品図鑑」スウェットシャツ編#3
およそ100年前のアメリカで、それまでウールでつくられていた運動着をコットン素材に改良したものが発明された。これがスウェットシャツの起源だ。コットンの運動着は、伸縮性や吸汗性に優れ、肌触りもよいので着やすい。現代では誰もが愛用する衣服なった。今回は、映画を題材にスウェットシャツの名品を紹介する。
プロのダンサーを夢見る女性の愛と友情を描いた『フラッシュダンス』(1983年)は間違いなく80年代を代表する青春映画の秀作だ。
舞台となるのはいまでは"ラストベルト"と呼ばれるペンシルベニア州の工業都市ピッツバーグ。昼は鉄工所の溶接工、夜はバーのダンサーとして働くアレックス(ジェニファー・ビールス)は、プロのダンサーを目指すティーンエージャーだ。ある日、バレエダンサー養成所のオーディションに申し込もうとするが、集まった女性たちは正規の教育を受けたバレエダンサーばかり。アレックスは自信を喪失して試験を受けずに帰宅してしまう。その後、恋人との確執や恩人の死などでバレエダンサーへの夢を諦めかけるが、再度、オーディションを受けることを決意し、審査員の前で彼女独自のダンスを披露する──。
いまや音楽は映像とともに楽しむのが当たり前の時代だが、この映画が製作された80年代初頭はアメリカのケーブルテレビで「MTV」と呼ばれる音楽専門チャンネルの人気が沸騰した時期と重なる。この映画も音楽と映像を巧みに連動させ、まるで「MTV」を観ているかのように物語が進行する。アイリーン・キャラが歌った主題曲『フラッシュダンス…ホワット・ア・フィーリング』はアメリカで大ヒット、後に日本のテレビドラマにも使われた。マイケル・センベロを始め、キム・カーンズ、ローラ・ブラニガンなど、当時の人気アーティストの歌声が映画では次々と流れる。主題歌はアカデミー賞歌曲賞を獲得、映画も1億ドル以上の興行成績を収めるほどのビッグヒットとなった。
主人公アレックスを演じたジェニファー・ビールスは、当時まだアイビーリーグ・イエール大学の学生で、在学中からモデルとしても活動していたが、この作品が本格的な映画デビュー作。エキゾチックではっきりした目鼻立ちで、意思の強い女性を見事に演じ切っている。そんな彼女がこの作品で着ていたスウェットシャツは、多くの人の記憶に刻まれている。
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"切りっぱなし"が特徴のスウェットシャツ
映画の中盤、自分の部屋に恋人とともに戻ったアレックスは、グレー無地のスウェットシャツに着替える。彼女が着ているスウェットシャツは、オーバーサイズのものを自分でカットしたのだろうか、首元が大きく空いていて、肩から下着のストラップを覗かせる。製作する側もこの場面が映画を象徴するものと考えたのか、このスウェットシャツに赤のハイヒールを合わせた彼女のポートレイトが映画のポスターに使われている。レオタードなどいつも薄着の服を着て踊るダンサーがプライベートでリラックスして過ごすには、スウェットシャツはいまも昔も絶好のアイテムと言える。個人的には、彼女が着たスウェットシャツは70年代にスウェット素材を使ったアイテムで一世を風靡したアメリカのデザイナー、ノーマ・カマリのアイテムを連想するが、現在のウィメンズのスウェットアイテムのデザインにも同じようなものを見掛けることも多い。
映画と同じく、アメリカのロサンゼルスで1994年に生まれたブランドがある。ジェームス パースだ。デザイナーはブランド名にもなっているジェームス・パース。ロサンゼルスで有名ブティックを経営する父親のもとで育ち、デザインやコンセプトは彼のライフスタイルとカリフォルニアのカルチャーから発信されたものだと聞く。カットソーアイテムは同ブランドの主力商品のひとつだが、今回紹介するスウェットシャツは、メンズ、ウィメンズとも裾が切りっぱなしになったデザインで、映画でアレックスが着ていたスウェットシャツにも通じる。ライトウェイトの「フレンチテリー」素材を使ったメンズは、ラグランスリーブのクラシックなデザインながら、裾が全部切りっぱなしになっているのが特徴。同ブランドの定番、「バックパイル」と呼ばれる薄手の裏毛素材で仕立てられたウィメンズは、短めの着丈で袖の切り返しが個性的。もちろんメンズ同様、裾は切りっぱなしのままだ。
どちらもこのブランドらしい上質な素材を使い、シンプルな意匠ながら、裾のデザインでリラックス感を演出する。もしアレックスがいま映画で見せたようなダンスを踊るならば、こんなスウェットシャツを選んだのではないだろうか。
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問い合わせ先/ジェームス パース 青山店 TEL:03-6418-0928